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翻訳ミステリー大賞、15年の歴史に幕 「作品を埋もれさせたくない」存在感示す【全受賞作一覧】

第7回の授賞式はスウェーデン大使館の講堂で催された。受賞作「声」を翻訳した柳沢由実子さんに田口俊樹さんが賞状を手渡した=2016年、永友ヒロミ氏撮影

 翻訳ミステリー小説のおもしろさを多くの人に伝えようと、翻訳者らが運営してきた「翻訳ミステリー大賞」が、15年の歴史に幕を下ろすことになった。

 発起人は故・小鷹信光、深町眞理子、白石朗、越前敏弥、田口俊樹の翻訳家5氏。翻訳ミステリーを選ぶランキングには「週刊文春ミステリーベスト10」や「このミステリーがすごい!」があったが、「翻訳ミステリー大賞」は、「現在活躍中の翻訳者」にかぎっての投票により選ばれる点が最大の特徴だった。企業や組織に頼らず、翻訳者と有志によるボランティアで続けていたが、マンパワーに限界がきたという。

 出版科学研究所によると、出版業界の売り上げは1996年をピークに下降の一途。翻訳ミステリーの売り上げも勢いがなくなった。「てこ入れをして翻訳界に恩返しをしたい。そこで、特色のある賞を創設して、売り上げに貢献しようと考えました」と、発起人のひとりである田口さんは振り返る。

 第1回(2010年発表)の受賞作は米国の「犬の力」(ドン・ウィンズロウ、東江一紀〈あがりえかずき〉訳)。北欧勢の台頭を反映して、第7回はアイスランドの「声」(アーナルデュル・インドリダソン、柳沢由実子訳)に。最終回となった第15回は韓国の「破果(はか)」(ク・ビョンモ、小山内園子訳)で、アジアの波が来ている状況を映し出した。

 ベストセラー作品も受賞する一方、第2回の「古書の来歴」(ジェラルディン・ブルックス、森嶋マリ訳、受賞時は武田ランダムハウスジャパン刊)や第14回の「彼女は水曜日に死んだ」(リチャード・ラング、吉野弘人訳)には、目利きである翻訳者たちの「この作品を埋もれさせたくない」という意思が強く感じられる。

 公式サイト「翻訳ミステリー大賞シンジケート」(honyakumystery.jp)では、新刊情報や連載コラムだけでなく、翻訳者や書評家が参加する読書会などのイベント情報も発信し、ミステリーファンの交流の拠点に育ってきた。このサイトは当面、存続するという。

 「シンジケート」の管理人を務め、賞に協力してきた書評家の杉江松恋さんは、「文芸の世界で言及される機会が少なかった翻訳ミステリーだが、賞として目を向けてもらうことで、『ここにあり』と示すことができた。権威付けというより、お祭りに近い感覚でした」と振り返る。

 「翻訳ミステリーの作品の質そのものは決して落ちることなく、良質なものが刊行されている」と杉江さん。「翻訳ミステリー大賞」は幕を閉じるが、「日本推理作家協会賞」に試行翻訳部門が新たに設けられ、これまでに2回、受賞作を出している。来年、正式な部門となる予定だ。(藤崎昭子)=朝日新聞2024年6月19日掲載

歴代受賞作品

<第1回> 「犬の力」(ドン・ウィンズロウ、東江一紀訳)角川文庫
<第2回> 「古書の来歴」(ジェラルディン・ブルックス、森嶋マリ訳)創元推理文庫
<第3回> 「忘れられた花園」(ケイト・モートン、青木純子訳)創元推理文庫
<第4回> 「無罪 INNOCENT」(スコット・トゥロー、二宮磬訳)文春文庫
<第5回> 「11/22/63」(スティーヴン・キング、白石朗訳)文春文庫
<第6回> 「秘密」(ケイト・モートン、青木純子訳)創元推理文庫
<第7回> 「声」(アーナルデュル・インドリダソン、柳沢由実子訳)創元推理文庫
<第8回> 「その雪と血を」(ジョー・ネスボ、鈴木恵訳)ハヤカワ・ミステリ文庫
<第9回> 「フロスト始末」(R.D.ウィングフィールド、芹澤恵訳)創元推理文庫
<第10回> 「カササギ殺人事件」(アンソニー・ホロヴィッツ、山田蘭訳)創元推理文庫
<第11回> 「11月に去りし者」(ルー・バーニー、加賀山卓朗訳)ハーパーBOOKS
<第12回> 「指差す標識の事例」(イーアン・ペアーズ、池央耿・東江一紀・宮脇孝雄・日暮雅通訳)創元推理文庫
<第13回> 「台北プライベートアイ」(紀蔚然〈きうつぜん〉、舩山むつみ訳)文春文庫
<第14回> 「彼女は水曜日に死んだ」(リチャード・ラング、吉野弘人訳)東京創元社
<第15回> 「破果」(ク・ビョンモ、小山内園子訳)岩波書店