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「春のとなり」高瀬乃一さん 40代デビューから着々、農業も子育ても「すべて小説につながる」

高瀬乃一さん

 2022年のデビュー作「貸本屋おせん」で注目を集めた高瀬乃一さんが、着々と表現の幅を広げている。第1作は江戸の出版文化も楽しめる事件帳。第2作「無間の鐘」は謎めいた美しい修験者が繰り広げるダークファンタジー。そして新刊「春のとなり」(角川春樹事務所)は、医療ミステリーの風味もまぶしつつ、こまやかな情感あふれるあだ討ち物語に仕上げた。

 主人公は下町で医師見習いとして奮闘する武家の女性、奈緒。夫を失い、義父とともに信州の小藩から江戸に出る。義父は視力を失っているが腕のいい医師で、深川に薬屋を開いた。奈緒は義父を支えながら下町の人々と交流を深め、やがて――。

 「若い人にも病床にある人にも読んでもらえるような、読了感の良い小説を目標にしています。小難しい読み物は自分も苦手なので、難しい専門用語が多少出てきても、適当に流してさらさらっと読んでもらえれば」。登場人物たちの心境の変化や人間関係の意外な核心を、丹念に、かつ爽快なテンポでつづる。

 小説家は高校の頃からの夢だった。20代で自衛官の話を書こうと思い立ち、実際に自衛官になって戦闘機の整備などを経験したが、命令されることが嫌で退職。結婚して3児の母になり創作から遠ざかっていた。東日本大震災を機に、「1回きりの人生。もういっぺん書こうかな」と考え直した。

 現代ものやファンタジー、純文学などを書いては応募したが、落選が続いた。「初めて選評でちょっとだけほめてもらえたのが時代物でした」。続けて書いた作品で第100回オール読物新人賞を受賞。単行本デビューにつながった。

 青森県三沢市在住。農家の手伝いで土にまみれたときの感覚やにおい、自然の移り変わりも作品に生きているという。「子育ての苦労も、いつかネタとして使える日が……」

 筆が進まないときは、愛読してきた藤沢周平の作品をひたすら書き写したりもする。「自分の文章のリズムが整うような気がします」。そして自作に向かい、「とにかく推敲(すいこう)して音読して、ちょっとでもひっかかったら直して」を繰り返す。

 作品ごとにカラーは違っても、共通する目標がある。「一本芯の通った人々を丁寧に書いて、愛されるキャラクターにしたい。読者が主人公を知人のように感じてくれるとうれしい」

 世に出たのが40代半ば。「若くしてデビューした人に比べると、これから書ける量は限られる。でも、小説を書くことは苦労とは思わない。やってきたことはすべて小説につながっている。いまはとにかく小説で食べていけるようになりたいです。『これが仕事です』と胸を張れるように」(藤崎昭子)=朝日新聞2024年7月10日掲載