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「運」書評 下手に動かず 好機で一点突破

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月10日
運 ドン・キホーテ創業者「最強の遺言」 (文春新書) 著者:安田 隆夫 出版社:文藝春秋 ジャンル:日本のエッセー・随筆

ISBN: 9784166614585
発売⽇: 2024/06/20
サイズ: 1.2×17.3cm/256p

「運」 [著]安田隆夫

 あのセルバンテスの書いた「ドン・キホーテ」が如何(いか)なる運の力によって、あの能天気なサンチョ・パンサと空想世界を自由に駆け巡りながら運を如何に手なずけてきたか、手ぐすねを引いて本を開いた。
 ウン⁈ あの世界の名作「ドン・キホーテ」ではなく、「驚安(きょうやす)の殿堂 ドン・キホーテ」⁈ 何じゃコレ⁈ 無一文から一代で2兆円規模の企業をつくり上げた「大成功経営者」の一人勝ちの運の物語ではないですか。著者は成功の要因は「運」の存在以外には考えられないと断言される。
 経営のことはわからんが、運には大いに興味がある。才能と技術だけでは切り抜けられないのが人生だ。一歩下がって経営の神様の運哲学に耳をすますことから運が開けるやも知れない。
 運とは不運を一挙に幸運に変える力のことである。運には幸運と不運が交差していて、不運時には下手に動かず、チャンスが巡ってきたら一点突破!
 アレッ、どこかで聞いた話だと思ったら、あの能楽者の世阿弥の「風姿花伝」ではないですか。世阿弥は時の推移を「男時(おどき)」「女時(めどき)」と名づけた。男時とは運が上昇時、下降運の時を女時と呼んでいる。
 本書の著者は運は不確かで、広大無辺な宇宙のようなものと例える。だから、人々は「人智(じんち)の及ばない致し方ないもの」として考えることを放棄してしまう。そして、大抵の人は不運時にあせってエネルギーを消耗させる。
 女時の時は浪費したり、美的生活と勉学に励みながら、チャンス到来を待てばいい。著者は良運を招く最も効果的な方法として、周囲の人々に興味を持ち、優しさと共感を大切にと主張する。本書は経営の書と同時に、創造と生き方の哲学の書でもある。
 ちなみに、僕はどんな時でも攻めたり引いたりはしない。単に運任せ。優柔不断な運命論者であります。
    ◇
やすだ・たかお 1949年生まれ。89年にドン・キホーテ1号店を東京・府中に出店。PPIHグループ創業会長兼最高顧問。