1. HOME
  2. インタビュー
  3. カツセマサヒコさん「ブルーマリッジ」 男性の無自覚な加害性「簡単には変われない。でも…」

カツセマサヒコさん「ブルーマリッジ」 男性の無自覚な加害性「簡単には変われない。でも…」

カツセマサヒコさん

 知らず知らずのうちに人を傷つけていた過去を、真っ正面から突きつける。小説家・カツセマサヒコさんの「ブルーマリッジ」(新潮社)は、結婚と離婚を通して、苦い思いと少しの希望を読後に残す。

 カツセさんは、韓国文学に触れ始めた6、7年前からフェミニズムに関心を持つようになった。「過去の自分の発言、加害性を思い出すことがぐっと増えた。男性である自分の迷いを一本の物語に書かないと先に進めないと思った」と話す。

 26歳の雨宮守(まもる)は、付き合って6年になる三つ年上の彼女、翠(みどり)にプロポーズする。行きつけのスペインバルで、いつものように過ごしながら。

 同じ頃、守と同じ会社で勤続30年になる営業課長・土方(ひじかた)剛は妻から突然離婚届を渡される。さらに、目を掛けてきた女性の部下からハラスメント被害を訴えられ、人事部の守から聞き取りをされる。

 物語は、年代の違う2人の男性の視点からつづられる。だが、浮き彫りになるのは世代の違いよりも、世代で線を引けない男性の暴力性だ。

 ハラスメントの聞き取り調査に対して、「覚えてねえよ」の一点張りをする土方のことを、守は翠に話す。〈ひどい言葉を浴びせてるときの感覚とかさ、ふつう、覚えてるもんじゃないのかね〉

 だが、翠から返ってきたのは共感ではなかった。〈守くんも、自分の加害についてはそんな感じなの?〉

 2人で旅行に行ったとき、生理になった翠に言った〈前からわかってたんだから、ピルでも飲んで遅らせたり、早めたりすればよかったじゃん。生理なんてコントロールできるんだから〉……。翠の記憶は大学時代にまでさかのぼり、相手を傷つけた守の言動が、次々と目の前へ並べられる。

 確かに、言った気がする。覚えている――。無自覚の加害、あるいは、あのとき言葉にできなかった無自覚の傷に、読者も気づいていく。

 カツセさんは「守も土方も、僕自身」と言う。「恵まれた環境で、マジョリティー男性としてのんびり生きてきた。簡単には変われない。でも過ちに気づければ変わっていける。そうも信じていたい」

 物語の後半にかけて、守も土方も一歩ずつ自分と向き合い始める。妻が出て行き荒れ果てた家で、土方は後輩の男性社員に助けを求める。掃除、皿洗い、食品の買い出し。何を取っても知らないことばかりの土方に手取り足取り教えてくれる後輩は言う。〈土方さんは、生活をしてみた方がいいですよ、絶対に〉

 過去は変わらない。いまの自分も、簡単には変われない。でも、もう一度歩き出すための手がかりは、案外身近にある。

 「一冊書いたからこの問題は終わり、という感覚は持てない。僕も勉強し続けるしかない。迷子でいることを受け入れようと思っています」

 守も土方も、手探りのまま、生活を続けていく。〈生きることは、ほとほと面倒で、生活とはその繰り返し〉。でもそれを、代わってくれる人はいないのだ。(田中瞳子)=朝日新聞2024年9月18日掲載