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伊豆見香苗さんの絵本「えっびっ このこ だいっきらい」 子どものまっすぐな気持ちを受け止めて人気キャラが大暴れ!

LINEスタンプの人気キャラクターが絵本に

――『えっびっ このこ だいっきらい』(303BOOKS)は、LINEスタンプで圧倒的人気を誇るキャラクター「えっびっ」のはじめての絵本だ。GIF制作や子ども向けの番組アニメーションなどで活躍している伊豆見香苗さんが制作した。そもそも「えっびっ」というコミカルなキャラクターはどのように生まれたのか。

 はじめてLINEスタンプをつくったのは、「えっびっ」ではなく「いっぬっ」でした。もともとSNSにキャラクターを投稿していたのですが、そのときに「LINEスタンプを作ってください」というコメントをいただいて、じゃあ作ってみようかなと思ったのが始まりです。最初のスタンプは、実家の犬がモデル。フローリングをカチャカチャカチャと音をさせて走る落ち着きのない犬で、それがすごくかわいかったのでスタンプにしてみたんです。それが割と手ごたえがあったので、次に魚が二本足で歩いたらかわいいなと魚を歩かせたスタンプを作って、それから食べることが好きだったのでエビ。この高速で動く「えっびっ」が、今回の絵本のモチーフになりました。

 

えっびっ LINEスタンプ ©KANAE IZUMI

 キャラクターのネーミングは、すべて「っ」をつけています。「いっぬっ」「さっかっなっ」「えっびっ」と読みにくい方が、いろんな人が読んだときに、おもしろいかなと思いました。「なんて読むのかな」とちょっとひっかかる感じがいいんです。「えっびっ」はまだ読みやすくて、キャラクターの会議で餃子のキャラクターを出したときは、名前が出るたびに、大人たちが「ぎょっうっざっは……」とすごく頑張って読んでくれるんですよ。最後の方はもう「ぎょうざは……」と普通になっていましたけど(笑)。

――「えっびっ」は、LINEの動くスタンプ部門でダウンロード数1位を獲得する人気キャラクターに。個展の開催やぬいぐるみなどの商品化もあり、今回はじめて絵本化されることになった。

 「えっびっ」を絵本にするお話がきたときは、嬉しかったです。赤ちゃん向け番組「シナぷしゅ」(テレビ東京)の楽曲アニメーションを担当していたのですが、子どもに向けて何か作るときに、やっぱり「本」という形は一度やってみたいなと思っていました。

 絵本の中に出てくる「えっびっ」は、LINEスタンプの「えっびっ」とは違うエビなんですよ。種族が同じだけという。それぞれ登場するたびに、個々の性格を持っている「えっびっ」なんです。絵本では主人公は子どもですが、お酒を飲んだり、残業したりする「えっびっ」もいて、「えっびっ」に社会があるイメージですね。それぞれ見た目や色をちょっと変えたりもしています。

 

伊豆見香苗さん=土屋貴章(303BOOKS)撮影

――絵本では、きょうだいができた子どもの嫉妬心を、コミカルに愛情深く描く。「優しい子でいないといけない」という道徳的絵本とは対照的に、主人公の「えっびっ」は自分のものを下の子に取られて激怒し意地悪全開。親も子もはっとさせられて笑える、伊豆見さん独特の表現が魅力である。

 絵本ではきょうだいの話を描こうと思って、最初は「いい子」という設定で物語を進めていました。でも担当の方たちと話し合ううちに、「やっぱり伊豆見らしいキャラクターでいくのがいいんじゃないか」という話になり、いい子路線からはずれてみることにしたんです。

 子どものいる知り合いにきょうだいの話を聞いてみると、けんかで相手を突き飛ばすなど、子どもって結構バイオレンスなんですよね。でも上の子は、下の子のことが気になってはいて、だんだん仲良くなっていく。こういうのは、子どものときにしかないことで、これを題材に描いてみたいと思いました。

 

『えっびっ このこ だいっきらい』(303BOOKS)より

 私自身も兄がいて、今回絵本を制作するにあたって過去の写真を見たり、親に子どもの頃のことを聞いてみたりしたんです。やっぱり兄が我慢していたことはあったみたいですね。彼も自分が兄だから我慢しなくちゃいけないとわかっていて、トイレに隠れて大泣きしていたそうです。でも泣いているのが丸聞こえだったって。こういうとき、親は強く言えないですよね。

 お母さんに怒られるシーンは、ちょっとセンシティブな部分もあるので、一番作り込んだところでした。最初は「おまえを倒す!」ぐらいめちゃくちゃ怒っているお母さんだったんですよ。だけど、そうじゃなくて、怒っていても愛情があって、本当は叱りたくなくて困りながら怒っている、最終的にそういう表情になりました。

 

『えっびっ このこ だいっきらい』(303BOOKS)より

いい子じゃない主人公が成長していく過程を描く

――下の子のことを「このこ」と呼び、意地悪ばかりする「えっびっ」には、いつも大切に抱えているぬいぐるみがいる。この「えびてんくん」は、「えっびっ」と一緒に怒ったり泣いたりしていて、下の子との距離を縮めるキーポイントにもなっている。

 主人公にとって「えびてんくん」は、イマジナリーフレンドとして描いています。さびしいときに心を支えてくれる味方として、一緒に悪さをしてくれたり、寄り添ってくれたりする存在が家族以外にいるって大事なのかなと思っています。

 「えびてんくん」を取り合いになるところは、最初は違うストーリーだったんです。ひっぱりあって壊れて、綿が出てきてしまう……といった話だったと思います。でももう少しおもしろく、何か違和感がほしくて、小さいエビをいっぱい出しました。まさかの生き物という(笑)。絵自体がすごくシンプルなので、見どころを何回か作った方が楽しいかなと思って、ちょっと遊び心を入れています。

 

『えっびっ このこ だいっきらい』(303BOOKS)より

――怒っていたのにびっくりすることが起きて、思わず笑ってしまう。そこから、上の子が下の子を受け入れていくようになっていく。「仲直りしなさい」や「お兄ちゃん/お姉ちゃんでしょ」という言葉でなく、嫌いな気持ちも肯定しながら、自然に受け入れていく心の変化をシンプルに描いた。

 「いい子」にしないって決まってからは、あんまり迷いなくこういう風に描きたいっていう思いが溢れてきた感じですね。実は、最初のタイトル案は「えっびっ こいつ だいっきらい」でした(笑)。言葉づかいは、全体的に少し強かったかもしれませんね。こいつじゃなくてあいつ? そのこ? あのこ? なんて試行錯誤して、「このこ」に落ち着きました。子どもの素直な気持ちとしてとがっている部分がありつつも、やっぱり家族全員、みんな好きなんだよっていうのはちゃんと伝えたいなって思って、最後の見開きはハートでいっぱいにしています。

絵本の表現は自由すぎて逆に頭を悩ませた

――アニメーションの仕事をしている伊豆見さんは、物語としてキャラクターに命をふきこむという仕事を続けてきた。しかし絵本とアニメーションは、近いようでいて表現方法が微妙に異なり、そこが難しくもありおもしろくもあったという。

 「えっびっ」の怒りが頂点に達した場面は、最初は背景が炎の写真だったんです。怒りの強さを表したくて。でも制作途中で知り合いのお子さんに見てもらったら「どうして火事が起きちゃったの?」と言われたんです。アニメーションだったら、怒っている=メラメラという動きがあってわかりやすいのですが、絵本はこの1枚の絵で伝えなくてはならず、すごく大変でした。動きがない代わりに、表情などで見せる必要があるんだと痛感して、子どもの感覚も取り入れつつ、いろいろ変えていきました。動きをつけるために、パラパラ漫画にしてみたらどうかとか、いろいろ案はあったんですけどね。でもLINEスタンプやアニメーションともまた違った作業として、考えていくことはやっぱりおもしろいなと感じました。

 

土屋貴章(303BOOKS)撮影

 今回、はじめて絵本を作るにあたって、めちゃくちゃ絵本を読みました。実際にお子さんがいる方にどんなものを読んでいるのか聞いたりもして、人気作の『パンどろぼう』から、シュールな『ちくわのわーさん』までいろいろ読みましたね。絵本って本当に自由。自由すぎて、困ったなと思ったぐらいです。何をやってもいいんだ、どうしようって。でも結局どんな展開でもいいと思ったら、のびのび描くことができました。

 やっと一冊できあがったところですが、絵本はこれからも続けていけたらなという意欲はあります。お話を考えるのも、さらに柔軟に頭を使って、やっていきたいですね。

絵本『えっびっ このこ だいっきらい』特設ページ
https://303books.jp/ebi/