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柿木原政広さんの写真絵本「ねぇだっこ」 かがくいひろしさんや西川©友美さんの「伝える力」にパワーをもらった

『ねぇだっこ』(ブロンズ新社)より

見立てることで、だっこのあたたかさを想像

――今回「だっこ」をテーマにしたのはどうしてですか?

 「だっこ」という、幸せの象徴、人間にとって一番幸せな状態を絵本で描きたかったからです。モチーフにした野菜や果物は、生活の中で主役になれて、絵にもなると感じて選びました。みんなが知っていて、みんなが触れているから、 多くの人が親しみをもってくれるのではないかと思っています。

 

『ねぇだっこ』(ブロンズ新社)より

――「ねぇねぇ」と甘えてきた子どもがいて、大人がだっこしてあげる。野菜や果物の写真なのに、なんだか人間味のある雰囲気が出ていますよね。野菜などの組み合わせは、どう考えられたのですか?

 どの組み合わせも「共通性」を意識しています。たとえば、じゃがいもとキャベツは外国のポトフ鍋に入れる食材で、あったかい冬の時に活躍するものです。マッシュルームとぶどうは一見違和感があるようですがイタリアではかなりメジャーな食材です。メロンとさくらんぼは昭和のパフェの上にのっかっているもの。すこし贅沢で美味しいものの象徴がちょっとすましてのっています。パンと桃は質感が似ているもの。それぞれの共通性に合わせて「あったかーい」とか「くすぐったい」という言葉を入れています。「よっこらしょ」は、お父さんが寝転んでいる上にのっかっている感じがしていいなと思ってつけています。顔は、ほどよく力の抜けた感じを出したくて、油性マーカーで写真を印刷した紙に直接描きました。

 ほかにも、柿や栗、おにぎりなども候補にしていたんですが、ちょうど制作中に出張でイタリアのボローニャに行く機会があって、そこでいろんな絵本を見て、もう少しグローバルな視点で形にしたいなと思うようになり、いまのような組み合わせになりました。

 同じ野菜の組み合わせじゃないのは、だっこの関係性は親子であっても親子じゃなくてもいいという思いもありました。ただ、それぞれがちゃんと、一つの人格を持っているということがポイントです。共通性を感じられるように、口の形をちょっと似せてみたり、要素は微妙に寄せています。

――普段はデザイナーとして活躍されている柿木原さんの作品ということで、デザイン性の高さも感じられます。

 最初はもっとシンプルに、素材そのままの顔がないバージョンだったんです。作った当初は「すごい名作できちゃった」って自分で思ったんですよ。短い撮影の中で、支えなしで野菜がピッと立ったこともあって、こんなにだっこしている感じってなかなか出せないよなと思うぐらい、バランスも完璧なものが撮れたんです。自分の経験上、うまくいくときって不思議なパワーが生まれることがあって、今回の絵本もいけるんじゃないかと思っていたんですよ。

 

初期の案は顔がなく、見立てから想像力が広がるようなイメージだった

 でも出版社に見せたとき、思ったより反応が良くなくて、自分の感覚とこんなにズレがあるものかなと思いながら、スタッフの子どもに見てもらったんです。そうしたら、そもそもりんごやバナナを人に見立てていることに気づいてもらえなかったんですよ。これは根本的なことを見逃していると気づきました。そうだとしたら、ここは目と口で顔をつけるのが正解なんだと思いました。

マジックで何度も顔を描いて、リラックスして気持ちのいい表情を探した

かがくいひろしさんの姿勢に影響を受けた

――絵本をつくろうと思ったきっかけは何でしょうか?

 ここ数年でいろいろと考えさせられることがあったんです。そのひとつに、昨年から展覧会のディレクションに携わっている、絵本作家のかがくいひろしさんの影響があります。かがくいさんは特別支援学校の教育に関わっていて、子どもたちに接しながら、どうやったらおもしろがってくれるのか、楽しんでくれるのかということを本気で模索している方でした。作品はめちゃくちゃデザイン的なんだけれど、デザインの要素が第一ではなく、読んだ相手がどう反応するかをとことん考えられているんです。すごく本質的で純粋なものに見えました。そういうものをつくりたい、と思いました。

 かがくいさんの絵本は、お餅の主人公が歩いていく、べったりした感じを表現する技術など、すごいですよね。なんとも言えないあの感触が出ているでしょう。いわゆるテクニックとはちょっと違う説得力のある絵に感動しました。展覧会で一番印象に残っているのは、かがくいさんの特別支援学校時代の授業の様子を記録したムービーです。かがくいさんの声かけで、体が動かせない男の子の表情がちょっと動いたときなど、たまらなかったです。目の前にいる子のためにやっていることが、結果的にいろんな絵本を生み出すことにつながっていくかがくいさんの姿勢が、 本当にいいなと思いました。

 

かがくいひろしさんのデビュー作『おもちのきもち』(講談社)の原画。「かがくいひろしの世界展」八王子市夢美術館での展示風景より=加治佐志津 撮影

アートへの可能性を感じていたスタッフの急死で思考停止に

――どうして表現方法として、0歳から読める「赤ちゃん絵本」を選ばれたのですか?

 表現の自由度が高かったのもありますが、大きなきっかけとして、ぼくのやっているデザイン会社に所属していた西川©友美というアーティストが、3年前に33歳という若さで亡くなるという出来事がありました。彼女はグラフィックデザイナーとして大きな賞を取るなど活躍していました。彼女から、デザイナーからアーティスト活動に専念したいという話があり、社内でも本気で彼女のマネージメントをしていこうと体制を整えて、彼女の作品をどうやって世の中に広めていけるだろうと考えていた矢先に亡くなってしまったんです。デザインのフィールドを超えて、全く見たことのないアートの世界に羽ばたいていく彼女に可能性を感じていた自分は、彼女が亡くなったとき、なんだかぽっかりと心に穴が開いたような状態でした。

生前の西川©友美さん=写真は柿木原さん提供

 当時ぼくはとてもショックで、しばらく思考が停止して、デザインの仕事をただこなすので精いっぱいでした。でもあるとき突然、自分も何かやらなきゃ、ちゃんと自己発信しなくちゃって思ったんです。それで、自分に何ができるのかと考えたときに、浮かんできたのが赤ちゃん絵本でした。

 ふだん、デザインの仕事というのは、一般の消費者が求めていることを形にして、商品を売ったり、サービスを広げたりすることが目的になりがちです。自己発信というよりは、「伝わりやすさ」といった世間の最大公約数を見つけるような作業が多い。でも、SNSの普及で広告のあり方が変わってきて、個人的な表現がより力を持つ時代になってきた。そんな中で、絵本という自己発信の表現法の魅力に改めて気づいたんです。

 それに、デザインの仕事をするとき、いつも「本質的なものは何か」「価値とは何か」を考えているので、赤ちゃん絵本でもそういうことを伝えたいなと思いました。あんまり説教臭くないビジュアルで、背景にはいろんな多様性も含めつつ、かわいく。わっと勢いにのって作ってポンとぶつけてみたいと。そのうえで、自分のエゴを形にするより、誰もが共感できるような表現ができないかなと思っていました。それが結果的に自分っぽくなるといいなと。

 子どもにこういうことを伝えたい、という思いはないんです。それより、優しさであったり、あったかさであったり、幸せな気持ちを感じてもらえたらいいなと思っています。この絵本があることで、読んでいる親にも子にも、だっこしたい気持ちが生まれると思うのです。もうそれだけでいい。人と人がくっつくきっかけになってくれるといいなと思っています。

【好書好日の記事より】
えほん新定番:柿木原政広さんの絵本「ぽんちんぱん」 恥ずかしがり屋のお父さんも読めるリズム