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奥窪優木さん「転売ヤー」インタビュー 当事者たちに密着取材、時代映すダイナミックな世界描く

奥窪優木さん=種子貴之撮影

ゲーム感覚でハマった大学生

 日本の裏社会や、在日外国人の犯罪などに興味を持ち、取材活動を続けている奥窪さんが、転売が大きなビジネスになりつつあるのではないかと気づいたのは、コロナ禍以降のこと。奥窪さんは、前著『ルポ 新型コロナ詐欺』でも、入手困難なマスクの転売について取材した経験があった。

「コロナが落ち着いた頃、儲け話に敏感で、機に聡い、悪い筋の人たちが転売について話をしているのをよく耳にしました。以前から、中国人が日本のドラッグストアで紙おむつを買い占めるといったことはありましたが、転売が日本人の組織や個人も触手を動かし、ビッグビジネスになりつつあるのではないかと思ったんです」(奥窪さん)

 本書には、さまざまな“転売ヤー”が登場する。日本人では、あるきっかけから転売にのめり込む大学生や、百貨店の外商から希少価値の高い酒を購入し、転売して利益を得るエリート会社員が、中国人では、ディズニーランドやディズニーシーで限定グッズを買い漁ったり、コスメ情報を紹介するインフルエンサーになって紹介したアイテムを転売したりしている。一方で、クレジットカードや電子マネーの不正利用による転売原資の確保など、明らかな犯罪の事例にも切り込んでいる。まさに転売の“闇”の深さが垣間見える内容となっている。

「特に日本では“転売ヤー”という呼び名がつけられ、目の敵にされていますが、転売自体は犯罪ではありません。メルカリやヤフオクなど、個人がモノを自由に売ることができる環境があり、自分の持ち物をこれらのプラットフォームで売っても誰にも咎められません。ただ、それを生業にしたり、取り扱う量が増えたりした時にどうなるか。線引きが曖昧なんです」

 本書に登場する大学生のS君が転売に関わるようになったきっかけは、かつて入手困難だったゲーム機PS5 (プレイステーション5)の購入のために家電量販店に並んで購入するアルバイトがきっかけだった。購入したPS5と引き換えに日当をもらえるというものだが、自分で転売すればもっと大きな利益を得られるのではないかと気づいた。

「こうした“並び屋”はSNSとかで募集していて、応募した人は気軽なスキマバイト感覚なのですが、人を集めたり、並び屋に買わせた商品を転売したりしている人にとってはビジネス。S君は個人で転売をするようになり、ゲーム感覚でハマっていったようです。自分の読みが当たってモノが売れ、利益が得られるとやりがいを感じる。市場経済のバグをつくところに面白さを感じたのではないでしょうか。実際のところ若い人が裸一貫でできるビジネスはそんなにありません。でも、転売ビジネスならお手軽にできて、ビジネスをやっている感覚も味わえるんだと思うんです」

 

奥窪優木さん=種子貴之撮影

心理的な障壁にビジネスチャンス

 “転売ヤー”の存在が注目されると、必ず議論に上がってくるのが、販売側の姿勢である。最近でも、東京国立博物館の「Hello Kitty展 -わたしが変わるとキティも変わる-」展初日に、公式グッズの転売が目的と見られる中国人が殺到し、ニュースになった。販売側は、本当に欲しい人の手元に届けられるように購入制限を設けるなど、さまざまな対策を打ち出すところも少なくないが、転売ヤーもあれこれと策を講じてくるため、いたちごっこ状態になっているのが現状だ。

「限定商品を作って販売するという商法を選ぶのは売る側の自由です。でも、転売ヤーのターゲットにされるのは明らかだとわかっていながらそういう商法をして、『転売はご遠慮ください』というのはどうなのか、とも思います。それに、商品が転売されるほど人気になれば、それが話題になってさらに注目を集めることができるという側面も否定できませんから」

 販売側が徹底したルールを設けて、転売目的の購入を排除しようとしても、そこで諦める転売ヤーばかりではないという。

「購入が難しければ難しくなるほど、入手困難になるため、1個あたりの転売価格が上がるんです。転売ヤーにとっては、商品を大量に確保できなくなりますが、転売の利益率は高くなってしまうというジレンマもあります」

 転売自体は犯罪ではなく、民事で販売側が転売ヤーを訴えるには何かとハードルが高い。転売ヤー問題の解決は、一筋縄ではいかないことが本書からも伝わってくる。

 また、日本で中国人の転売ヤーが跋扈(ばっこ)しているのにも理由がある。それはひとえに、人口が多く、良質な日本のモノを欲しいと思う人が大勢いるため、中国での転売市場が非常に大きいことだ。日本に直接買いに行くことができなければ、多少高くても転売ヤーから買ってもいいと考える人は少なくない。

「中国で転売されるものは、限定グッズやドラッグストアの商品、コスメ、電子タバコなど軽くて単価が高いものが多いんです。もし商品がめちゃくちゃ重かったら、輸送コストがかかるので割に合わなくなるはずです」

 本書に登場する中国人の一人はこう語る。

「世の中から転売は無くならないですよ。転売が良くないこととされている日本では逆に、ビジネスチャンスがいくらでもある。やりたがる人が少ないですから」(ディズニーグッズ転売ヤー)

 しかし、転売ビジネスに手を染めているのは中国人だけでなく、日本人もいる。かつて、コンサートや舞台、プロ野球などのチケットを買い占め、転売する「ダフ屋」がいた。暴力団の資金源の一つで、買い占めのための購入要員を動員するのも、暴力団の仕事の一つだった。

「中国は転売市場が大きいので、個人で始めても大きなビジネスにしようとする傾向があります。野心があって、はじめは並び屋という末端でも、組織のトップのやり方を真似て元締めになろうとする人が多いですね」

奥窪優木さん=種子貴之撮影

「闇バイト」の入り口に

 最近、簡単ですぐにお金が入ると称したアルバイトの勧誘が闇バイトにつながっているというニュースがあるが、奥窪さんは、転売の“並び屋”アルバイトが、“闇バイトへのゲートウェイ”になっていると指摘する。

「日本でも、暴力団や半グレといった、犯罪を厭わない集団がSNSで転売の人集めをしています。はじめは列に並んで目当ての商品を買うだけで日当がもらえるので、リピートする人もいます。そうすると、『この人間は真面目に働く』と目をつけられ、『もっと儲かる仕事がありますよ』と闇バイトをしている組織に紹介することがあるようです。転売の仕事をしている時に住所や口座情報などを伝えてしまっているケースもあるため、断りづらくなってしまうんです」

 ディズニーランドで中国人転売ヤーに同行し、実際に転売を行う人たちから直接話を聞くなどの取材を約2年続け、本書をまとめた奥窪さん。その原動力は、現代社会に起こるさまざまなことに対する好奇心が大きいという。

「ビジネスとしてフリーライターという仕事をやっているので、読者が興味を持ちそうなネタだから、というのもありますが、自分の知らない世界を覗くが好きなんだと思います。転売はダイナミックな世界というか、扱う商品や入手方法が刻一刻と変わり、時代を反映しています。転売ヤーのせいで嫌な思いをしている人は現実にいるし、転売ヤーが搾取しすぎていることは大いに問題があります。でも、転売ヤー=悪というのはあまりにもステレオタイプであり、この本を通して、どうして彼らが存在しているのか、販売側や転売商品を買う側にも理由があることを少しはわかってもらって、議論のきっかけになればと思っています」

『転売ヤー』の読みどころのひとつは、転売をしている中国人への深い取材だった。奥窪さんは、今後も日本で暮らす多様な国の人たちに目を向けたいと考えている。

「さまざまな国籍や文化を持つ人たちが日本で共生する中で、彼らとの文化摩擦が話題になっていますが、負の面ばかりを強調するのではなく、彼らも血の通った人間だということを伝えていきたいです」