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小山田浩子さん新作「最近」 新型コロナで変容した常識「書いておかないと忘れてしまう」

小山田浩子さん

 コロナ禍の日常にひそむものは――。小山田浩子さんの「最近」(新潮社)はパンデミックに揺らいだ日々を見つめる7編の連作短編集だ。

 緊急事態宣言から、今の暮らしへ。この数年、その時々の「当たり前」がめまぐるしく移り変わった。家から出られず、盆暮れに帰省することもはばかられた。マスクなしの暮らしや海外旅行が想像できない時もあった。

 「常識がどんどん変わり、行動が変容していった。このぬるっと動いている感じは書いておかないと忘れてしまう」。そんな思いに突き動かされたという。

 夫が救急車で運ばれた病院の待合室で、「赤い猫」を見ると死ぬといううわさを思い出す妻。妻の弟は3度目のワクチン接種をするが、母親が副反応を相変わらず心配している。かと思えば、在宅看護を受けている妻の大伯母「おおばあちゃん」の容体が悪く、夫婦で見舞いにいく。

 コロナ禍のなか、痛感したことがある。「不要不急の外出を止められ、相手との距離を測り直さなくてはならなかった。離れている親とは会えない。一方で夫婦は他人だけれども、最も長く一緒にいる」。興味深く感じ、夫婦を物語のベースにした。

 夫婦とその親族を中心にした暮らしが実にこまやかに描き出される。ふだんの会話が淡々と続く。人物の思索がふいに飛躍する。そこで、読み手の記憶のふたが開いていく。

 子どものころの記憶や経験をもとに作り出された小山田さんの小説世界。読み手が自身の記憶を重ねることで、その人だけの「最近」の世界ができる。「たまたま主人公の家に起こっている話だけれど、あなたの家もおもしろいし、ヘンだよと伝えたい。普通のことがおもしろいんです」

 小学生の子どもを育て、広島で日々の暮らしを営みながら書き続ける。

 「日常といわれるものがすでに豊かで、わりきれなさをいっぱい含んでいる。それを、ふと立ち止まって書きとめています。これを読んで、いろいろと思い出したり考えたりすることで、みなさんそれぞれの生活の楽しさにあらためて気づいてもらえたらうれしい」(河合真美江)=朝日新聞2025年2月12日掲載