林明子の描く子どもは、いつもどこか戸惑っている。初めてのことを前に立ち止まる。突然のことに心細そうな顔をする。それでも自分なりに考え、次の一歩を踏み出す。自分もそうした子どもの頃からずっと、林の描く子どもたちが大好きだった。かわいいから、だけではない。その戸惑いまで、なかったことにしないところが、“信じられる大人だ”と思えたのかもしれない。
大人はつい、子どもを「無邪気」「かわいい」「未熟」などと、わかりやすい言葉でくくりたくなる。けれど林は、子どもを理解したことにしない。表情や視線、身体の傾きまで丹念に微調整を繰り返しながら、その子がいま何を思っているのかを、読者にも余白を残す。
本書には、『はじめてのおつかい』『こんとあき』など数々の作品とともに、ラフスケッチやエッセイも含めた創作の試行錯誤が収められている。完成した絵本だけを見ていると、最初からそこにいたように思える子どもたちが、何度も見つめられ、描き直されて生まれてきたことがわかる。
私は仕事柄、人を能力や属性の言葉で早々に説明してしまうことに、しばしば違和感を持ってきたが、林の絵は違う。「子どもとはこういうものだ」と決めつけない。うれしいとも、怖いとも、勇気があるとも一言では呼べないような一瞬を見せてくれる。
いまこの本が多くの人に手に取られているのは、懐かしさだけではなさそうだ。人間や社会の複雑さをやたらと単純化して分かった気になりたがる時代だからこそ、わからないまま、ただよく見る。その愛の深さに、私たちは改めて惹(ひ)かれている。かつて子どもでなかった大人はいない。だからまるで、あの日の自分を抱きしめるような気持ちとともに。=朝日新聞2026年9月26日掲載
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福音館書店・2640円。26年4月刊、4刷3万5千部。代表作『はじめてのおつかい』刊行50年で企画。林さんは7月に逝去。担当編集者は「多くの方から林さんの作品の思い出が寄せられた。これからも大切にお届けしていく」と話す。