かわじろう「ロング・パス かわじろう短編集」 誰かの何気ない言葉に運ばれて
第30回手塚治虫文化賞の短編賞を受賞した著者による最新短編集だ。「コースロープ」に登場するのは、スランプに陥った水泳部の今村。そんな彼女を歯がゆく思う幼馴染(おさななじみ)の思い切った行動が、突破口となる展開が痛快で爽快。
同級生と馴染(なじ)めない眼鏡の少年・会田を描いた「13歳」で印象的だったのは、会田が夜の街でガラス戸に映る自分を見つめるシーン。ガラス戸の奥には、薄暗い店舗の内側がぼんやり見える。そこに外灯や信号機が照らし出す会田の姿が重なり、外界と彼の心の内の境界が曖昧(あいまい)に思えてくるのだ。なんて心に響く絵だろう。切実なモノローグも相まって、ひしひしと伝わってくるものがあった。
中編となる表題作は、自分の気持ちをうまく言葉に出来ないサヤカと美術部のヒロム、バスケ部のカナの物語。誰かが発した何気(なにげ)ない言葉が、さまざまな思いや状況と結びつき、人を思わぬステージに運ぶことがある。ケガに見舞われ、バスケを通して繫(つな)がった友達とギクシャクすることになったサヤカも、少し先の未来の自分を想像だにしなかっただろう。まだ名前のついていない誰かの可能性を照らすのは、サヤカで、ヒロムで、カナで、あなたで私なのだ。=朝日新聞2026年10月3日掲載