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「貧困に抗うリベラリズム」書評 負の部分に臆せず切り込む潔さ

評者: 川出良枝 / 朝⽇新聞掲載:2026年10月10日
貧困に抗うリベラリズム:イギリス福祉国家の思想史 著者:寺尾範野 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:社会学

ISBN: 9784766431032
発売⽇: 2026/05/19
サイズ: 19×4.5cm/320p

「貧困に抗うリベラリズム」 [著]寺尾範野

 いくらでも職はあるのに貧困にあえぐのは、道徳観念の欠如が原因だ。産業革命にいち早く成功したイギリスでは、温情主義的なエリザベス救貧法は時代遅れとされ、自助を促すために福祉の水準を意図的に低くおさえる新救貧法(1834年)が成立した。
 なんともすさまじい話である。この新法を支えたのが当時の「古典的自由主義」(功利主義・古典派経済学・リベラル・トーリズムの総称)であったという。これに異を唱え、貧困観を大きく転換した理論家たちに注目するのが本書である。貧困とは社会構造の問題でもあり、貧民を含むすべての市民の潜在能力を引き出すのは国家の役割である。貧しい者も何らかの形で社会に貢献しており、貧困からの脱出のための支援を受ける権利があるというのだ。
 著者が取りあげる19世紀末から20世紀初頭の理論家たち(T・H・グリーン、ホブハウスなど)は、従来ニューリベラリズムという名称で括(くく)られてきた。ここでは新たに「社会的リベラリズム」という名称が与えられ、市民の道徳性をめぐる議論という観点から捉え直される。古典的自由主義は、勤労や節制を市民道徳とみなすが、社会的リベラリズムは、人間は社会的・協働的存在であるという前提に立ち、他者をおもんばかり、共通善を追求する市民を理想とした。宗教的背景も色濃いという。
 だが、貧者を社会に包摂するといっても、暗に想定されたのは理性的な男性市民のみであった。女性の貧困の問題については、女性固有の性質を重視するラスボーンのようなフェミニストが熱心に取り組んだことが示される。問題含みなのは社会的リベラリズムと当時の優生学との結合である。論争を呼ぶ部分、負の部分にも臆することなく切り込むのも潔い。
 貧困の問題にどう取り組むか。本書は、わかりやすい答えを示さない。だからこそ、色々と考えさせられる一冊である。
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てらお・はんの 早稲田大准教授(社会思想史)。共著書に『優生保護法のグローバル史』など。