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「洪水礼賛」書評 危機もたらす川への介入と影響

評者: 高谷幸 / 朝⽇新聞掲載:2026年10月17日
洪水礼讃――環境飼い慣らしの人類史 著者:ジェームズ・C・スコット 出版社:みすず書房 ジャンル:歴史

ISBN: 9784622098652
発売⽇: 2026/08/17
サイズ: 19.4×2cm/240p

「洪水礼賛」 [著]ジェームズ・C・スコット

 各地で頻発する集中豪雨に、ネパールで起きた想像を絶するほどの鉄砲水。それらの甚大な被害を踏まえると、『洪水礼讃』というタイトルは不謹慎にも思える。しかし本書はむしろ、こうした災害の遠因にある、人間の自然への介入とその影響を長期的な視野で批判的に論じるものだ。
 国家から距離をおく社会や民衆の抵抗・自律について影響力のある議論を行ってきた人類学者が、生前最後に執筆した本書のテーマは、川だ。ビルマのエーヤーワディー川を主なフィールドとしつつも、人間が古くから自然に影響を及ぼしてきた顕著な例として川を位置づけ、その介入の歴史を描く。なお二〇一〇年代になって行われた現地調査は、パンデミックとその後のクーデターによって中断を余儀なくされた。そのため本書は、ビルマに暮らす協力者とともにつくられている。
 狩猟採集民の時代、人間は、他の生物同様、川の恵みに頼って暮らしていた。とりわけ川が増水しその範囲を一時的に広げる洪水パルスにより、栄養が行き渡る氾濫原(はんらんげん)は生物の宝庫だった。しかし定住と農耕の開始をきっかけに、人は川を改変するようになった。その後、初期国家は灌漑(かんがい)を整え、穀物栽培により中央集権化を進めた。さらに人口爆発と産業革命を経て、人間はますます川を単純化し手なずけようとしてきた。
 だが、こうした人間の介入は、生物多様性を喪失させ、川や生物に壊滅的な影響を与えてきた。ネパールの鉄砲水の一因として、上流の中国でのインフラ整備や流路の改変が指摘されていることを鑑みれば、その負の影響から目を背けることはもはやできないだろう。
 川に生きるあらゆる生物や精霊に声を与え、モア・ザン・ヒューマンの世界を遂行的に示す本書は、こうした人間の介入がもたらしている危機にたいする、著者からの最後の警鐘であると同時に、転換の方向性を指し示す希望の書でもある。
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James C. Scott 1936年生まれ。米イエール大教授を務めた。著書に『反穀物の人類史』など。2024年死去。
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立木勝訳 長田紀之翻訳協力