ISBN: 9784087700503
発売⽇: 2026/08/26
サイズ: 13.4×19.4cm/192p
「地の果て、砂の祈り」 [著]李琴峰
エジプトと東京を舞台に、かつて恋愛関係にあった二組の女性たちの今を描く二篇(にへん)の中篇小説集。
表題作に登場するのは、別れて間もない思云(しうん)とりさ。交際終了を記念してエジプト旅行を決行したものの、当然道中はずっと気まずい。旅は現実からの一時的逸脱を楽しむ場だけれど、思云にとって隣のりさは苦い現実そのものだ。別れの原因は、性にたいする考えの違い。性行為が苦手で、実感として誰にも性欲を抱けない思云は、りさの求めに応じることができなかった。
恋愛の終わりには、目に入るものすべてが二人の関係性の暗喩として息づき始める。異国の神殿を前にして思云の目は貪欲(どんよく)にその威容を捉え、そこに流れた何千年もの年月を想(おも)い、恋と遺跡を心に重ねあわせる。人間の性というものの不可解さ、不可解ゆえに生じる孤独、そして隣にいるりさについて考える言葉なら尽きないのに、りさその人に語りかける言葉は見つからないという、言葉の空白地帯が悲しい。夜のサハラ砂漠に並んで横たわる二人は己のちっぽけさを実感するが、そんなちっぽけな二人を隔てる距離は砂漠より広大だ。それでも、わかりあえぬ者同士が黙って隣りあっていることのかけがえのなさが、地の果ての美しい一情景として胸に迫ってくる。
併録の「東京奇俠(ききょう)伝」では、台湾出身の清猗(チンイー)が幼馴染(おさななじみ)でもあり元恋人のトランスジェンダー女性芷離(ジーリー)(思云のかつての交際相手として表題作にも登場)と再会する。自分らしくあることと世界との齟齬(そご)について闊達(かったつ)に語りあいながらも、二つの孤独が溶けあうことはない。子ども時代、一緒に興じていた武俠ごっこのなかでは、二人は常に最強だった。でもこの現実世界は、勇気も力も持ちあわせている者が無条件に最強であることを許してくれない。そんな世界への怒りとやりきれなさがまばゆく爆発するラストに、目を見張った。
◇
り・ことみ 1989年台湾生まれ。作家、翻訳家。2021年、『彼岸花が咲く島』で芥川賞受賞。『ポラリスが降り注ぐ夜』など。