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「ハーバード講義 21世紀の洗脳」書評 異論に対して公平に開かれた本

評者: 川出良枝 / 朝⽇新聞掲載:2026年11月07日
ハーバード講義 21世紀の洗脳 感情を操作されるデジタル社会 著者:レベッカ・レモフ 出版社:大和書房 ジャンル:心理学

ISBN: 9784479570219
発売⽇: 2026/06/24
サイズ: 18.8×3.4cm/600p

「ハーバード講義 21世紀の洗脳」 [著]レベッカ・レモフ

 洗脳、あるいはマインドコントロール。これらの言葉を聞くと、いかがわしいなと思ってしまう。こうした反応を百も承知で著者は訴える。洗脳と呼ばれる現象はいたるところに存在する。やっかいなのは、それが見えにくいことだ、と。
 科学史研究者である著者は、見えにくい現象を目に見えるものにするために労を惜しまない。洗脳という言葉の怪しげな起源を探り、事例をいくつも積み上げる。典型例は朝鮮戦争で捕虜となった米兵への中国政府による「洗脳」(中国から見れば「思想改造」)であろう。練り上げられた教育プログラムが功を奏したのか、休戦後に捕虜解放が実現したとき、21人の米兵が自発的に中国に残ることを選択した。この選択をどうみるか。著者は安易な決めつけはせず、当事者の心情に寄り添い、かつ冷静な観察者の視点を忘れない。この手法が心憎い。
 著者の仮説は、洗脳とはトラウマ(心的外傷)を利用することで成立する、というものだ。過酷な状況に置かれた者は、苦しみを回避するため精神的麻痺(まひ)(感覚の喪失)に陥る。そこにつけこまれると、「偽りの自己」が形成されるというのだ。
 日本の読者にとってひときわリアルなのは、旧統一教会を含むカルト教団の問題だろう。そもそもカルト教団の勧誘は洗脳なのか、布教の自由なのか。信者の救済をめざす脱洗脳プログラムは逆洗脳という落とし穴にはまらないのか。簡単には決着しない問題である。
 さらに著者は、今日、新たな洗脳の形態が出現していると警鐘を鳴らす。仮想世界やSNSの交流によって知らないうちに感情を操作され、それが多くの国を悩ます世論の極端な二極化の一因ではないかというのだ。
 微妙な問題なだけに、著者の主張に全面的に賛同する必要はない。異論に対して公平に開かれた本である。何より、心の牢獄にとらわれるな、という著者のまっすぐなメッセージには耳が痛い。
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Rebecca Lemov 米ハーバード大科学史教授。データを駆使した調査を行い、人間と行動科学の歴史を分析している。
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栗木さつき訳