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みんなで決めればいい? 社会の合意形成について考える3冊 紀伊國屋書店員さんおすすめの本

記事:じんぶん堂企画室

トランプ支持者とにらみ合うバイデン支持者=2020年11月6日、米フィラデルフィア、朝日新聞
トランプ支持者とにらみ合うバイデン支持者=2020年11月6日、米フィラデルフィア、朝日新聞

みんなの社会はみんなで決めている…かどうか

 まずご紹介するのは、『多数決を疑う』(岩波新書)。今年11月に行われたアメリカ大統領選、そしていわゆる「大阪都構想」の賛否をめぐる住民投票、いずれもかなり僅差の結果となりました。この僅差の多数決の結果をみて、「これって約半数の民意は反映されないってこと?」と思った人も少なくないのではないのでしょうか。

 そんな多数決や、多数決以外の意思決定方法について数理モデルや実際の例を交えて解説してくれるのがこの本。結論から言うと、多数決は不完全なのだそうです。たとえば勢力の拮抗する二人の候補者の間に小さな第三の候補者が入ることで、本来の最有力候補の得票が食われてしまう「票が割れる」現象。実際の選挙でもありますね。多数決の結果、多数の意見とは違う候補者が当選してしまいます。

 では別の方法。1人1票ではなく、「第一希望に3点、第二希望に2点、第3希望に1点」と加点していく方法。これは「ボルダルール」と呼ばれるそうで、実際に選挙に導入している国もあるそう。なるほどこの方法だと、幅広い層から緩やかに支持されている候補者も当選できます。しかしこのボルダルールでも、「棄権することによって、結果を自分に都合良く操作できる」という「棄権のパラドクス」などの問題が生じる。結局、その他どの方法も数理的には民意を完璧に反映することはできません。

 実際には、現実の社会が数理モデル通りではないというのが救いでしょうか。投票にあたって十全な情報を与えられているかとか、周りの意見に流されていないかとか、そもそも投票率が低いとか、別次元の問題もあるでしょう。でも、どんな選挙をするにしても、自由や国民主権の原理に立脚しないと意味がない。「民意」とは何なのか、ルソーの『社会契約論』をなぜ中学校で習ったのか、それを納得させられる1冊でした。

みんなで決めればそれでいいのか

 では、多数決やその他の方法で、民意をうまくくみ取ることができればそれでよいのか。2冊目にご紹介するのは、『これからの正義の話をしよう』(早川文庫)。「サンデル」ブームを築いたベストセラーです。

 多数決と聞くと「最大多数の最大幸福」を説いたベンサムの功利主義哲学が思い出されますが、功利主義に基づいて「最大幸福」が得られればそれでよいのかというとそうでもない、ということが提起されます。たとえば、テロリストが大都市に時限爆弾を仕掛けたとして、爆発によって何万人もの犠牲者を出すことを避けるために、テロリストを拷問にかけることは正義だろうか。さらにはそのテロリストが口を割らない場合、彼の娘を拷問にかけることは許されるだろうか、と「最大幸福」と「道徳」の相克する場面が突き付けられます。

 古代ローマのように、民衆(=最大多数)の娯楽のためにコロッセウムで奴隷をライオンの餌食にするのは許されない気がしますが、それと上のテロリストの違いは何なんでしょうか。何が正しいのか、何をもって正しいと言えるのか、ブームから10年ほど経った今でも手元に置いておきたい1冊です。

裁判がほとんど「罰ゲーム」の時代

 次にご紹介するのは、民主主義以前の日本で採用されていた裁判のひとつである「神判」についての1冊『日本神判史』(中公新書)。神判とは、神仏に罪の有無や正邪を問う裁判。ですが、実際に行われるのは「焼いた鉄の棒を長く持っていられた方が勝ち」、「七日間の謹慎生活の間に鼻血を出すとかの不吉なことがあったら負け」といった現代の目から見るとムチャクチャな裁判です。

 室町時代と江戸時代初期に頻繁に行われていたこれら神判ですが、当時の人たちもそんなことで真相が究明されるとも思っていなかったようです。村の境界線をめぐる諍い、不倫や相続の問題、仏像盗難事件、いずれにしても、どうにか決着させないと共同体の秩序が維持できないが、統治機構が未熟なので政治的な解決が望めない(そもそも室町六代将軍・足利義教からして「くじ引き」で選ばれている!)。そのため被告と原告が煮えたぎる湯に手を突っ込んでやけどしなかった方が勝ち、という裁判を行って「みんなが納得」することが重要なのです。

 社会を運営する上で、「合意形成」が重要なのは今も昔も変わらないのでしょう。強い権力を持った殿様が独断で決めてしまうよりは、よっぽど民主的だったのかもしれません。

 アフターコロナの社会がどうすすんでいくのか。熱湯に手を突っ込むのは勘弁いただきたいですが、どうやって決めるのが良いのかを考える手がかりは、本屋にきっとあります。

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