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アメリカ大統領の明治神宮参拝――カーターが示した天皇陛下への敬意

記事:平凡社

2014年4月24日、表敬参拝後、流鏑馬を観覧するオバマ大統領(写真/明治神宮所蔵)
2014年4月24日、表敬参拝後、流鏑馬を観覧するオバマ大統領(写真/明治神宮所蔵)

カーター大統領の晩さん会スピーチ

 本書執筆中に、アメリカ合衆国の大統領が代わった。2021年(令和3)1月20日、ジョー・バイデンがドナルド・トランプの後継となり、同国の第46代大統領に就任している。

 歴代のアメリカ大統領で国賓として初めて来日したのは、第38代のジェラルド・R・フォードだ。1974年(昭和49)11月のことで、田中角栄首相の時代にあたる。一方、明治神宮に参拝した米国大統領は、第39代のジミー・カーターが初となる(1979年6月25日)。その後、第40代ロナルド・レーガン(1983年11月10日)、第43代ジョージ・W・ブッシュ(2002年〔平成14〕2月18日)、第44代バラク・オバマ(2014年4月24日)と続く。

 トランプ大統領は、令和初の国賓として2019年5月に来日し、安倍晋三首相とともに六本木の炉端焼き店には出かけたが、明治神宮への参拝はなかった。コロナ禍でバイデン大統領の来日が実現するのはいつのことになるか見当もつかないが、その時、表敬参拝はあるだろうか。

 明治神宮が米国大統領の訪問先としてどのように決まるのか、あるいは決まらないのか。

 神社の側では知る術はないが、このことについて、外務省儀典官室に長く務めた寺西千代子氏が、著書『プロトコールとは何か』で興味深いエピソードを紹介している。儀典官室とは、大臣官房の下で外国からの賓客や在日外交官の接遇に責任を持つ部署で、英語では「プロトコール・オフィス」と呼ばれる。寺西氏は、そのプロトコール・オフィサーとして、チャールズ皇太子やダイアナ妃を含む王族や各国元首の接遇を担当した人物だ。

 同書で寺西氏は、「宗教がらみの視察先」と題して明治神宮にも言及している。曰く、「明治神宮、伊勢神宮など神道の神社を訪れるときは、賓客に神宮内のどこまで進んでいただくかと、どのように拝んでいただくのかが、常に問題となりました」。

 外務省としては、外賓の母国で「キリスト教徒の大統領がなぜ異教の神様を拝むのか」と問題視されることを危惧する。しかし、国内では「我が国の宗教施設を訪れるのに、神仏を拝まないのは失礼だ」と批判がおきる。また、神社やお寺の側もお参りすることなく、お庭だけ拝見、「流鏑馬」行事だけ見物という、つまみ食いのような選択肢は認めない。そこで用いられた解決法が、玉串奉奠や二拝二拍手一拝に代えて、お辞儀をする作法だったという。まさに先にのべた「表敬参拝」に通じる発想だ。ちなみに明治神宮を訪れたレーガン、ブッシュ、オバマ各大統領は、いずれも拝殿で表敬参拝ののち、宝物殿前の芝地で流鏑馬をご覧になっている[冒頭写真]。

 少しカーター大統領の話を続けるが、この訪日で話題となったのが天皇陛下主催の宮中晩さん会で大統領が行ったスピーチだった。

 1979年6月25日、晩さん会は午後7時30分から皇居豊明殿で開催された。天皇陛下の歓迎の言葉に応え、立ち上がった大統領はそのスピーチで天皇陛下の和歌──これを御製というが──を二首引用している(加瀬英明『宮中晩餐会』)。

おほぞらにそびえて見ゆるたかねにも
登ればのぼる道はありけり
西ひがしむつみかはして栄ゆかむ
世をこそ祈れとしのはじめに

 前者は、明治天皇が1904年(明治37)に「山」の御題で詠んだ御製、後者は昭和天皇が1940年の歌会始で披露した御製だ。大統領は、日本の教育・科学・文化等の優れた業績が、明治以来の「勤勉の勝利」であると称え、その象徴として明治天皇の御製を引用し、さらに、これからも両国がともに「栄ゆかむ」ことを祈ってお礼の挨拶としたのだった。

 この日の晩さん会に先立って大統領の参拝を受けていた明治神宮当局も、御祭神の御製が用いられたことを喜んだ。後日、アメリカ大使館にマイケル・マンスフィールド大使を訪ね、カーター大統領が挨拶に引用した御製を宮司が揮毫した色紙と、山元桜月画伯が描いた富士山の日本画を大統領宛に贈っている。

 この時、大統領付通訳官として随行した米国国務省の飯田コーネリアス氏は、スピーチ原稿に引用する御製選択に関わった一人だ。飯田は、この訪日のスピーチで御製を一つでもいいから引用したいと希望したのは、カーター大統領本人であったと、その回想録で証言している。

(『明治神宮 内と外から見た百年』第六章「参拝の向こう側──大統領たち」より抜粋)

『明治神宮 内と外から見た百年』目次

序章 明治神宮の誕生
第一章 世界が空に夢中だったころ
1、航空界の夜明け
2、空の大航海時代
3、親善の翼から航空戦力へ
第二章 独立運動の志士は祈った──革命家たち
1、鎮座二十年、皇紀二千六百年、幻のオリンピック
2、亡命タタール人が榊に託した日本との未来
3、大東亜会議の独立主義者と日本の結節点

1945│敗戦と明治神宮

第三章 スポーツの戦後と外苑の行方──占領者たち
1、明治神宮とGHQの人々
2、戦後スポーツの復活
3、その場所は誰のものか
第四章 絵画館にみる美術と戦争──続・占領者たち
1、外苑聖徳記念絵画館の戦争画
2、占領下の絵画館とCIEの態度
3、美術をめぐる占領政策

1958│明治神宮の戦後復興

第五章 祖国への眼差し──日系移民たち
1、海の向こうから戦後復興を支えた移民たち
2、カリフォルニアのライス・キング国府田敬三郎の闘い
3、日系ブラジル移民と神社人たちの戦後史
1964│明治神宮とオリンピック

第六章 参拝の向こう側──大統領たち
1、国賓、外国人元首、王族たち
2、アメリカ大統領の参拝と明治天皇
3、チェコスロヴァキア大統領の訪日と大阪万博
4、平成・令和の即位礼と外賓たち

2020│100年目の明治神宮──結びにかえて

[附録年表] 明治神宮を訪れた主な外国人たち 1920―2020

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