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徳川家康最初の妻がたどった生涯とは…。築山殿の死までの経緯を探る

記事:平凡社

築山殿肖像(西来院蔵)
築山殿肖像(西来院蔵)

2022年10月16日発売、平凡社新書『家康の正妻 築山殿 悲劇の生涯をたどる』(黒田基樹著)
2022年10月16日発売、平凡社新書『家康の正妻 築山殿 悲劇の生涯をたどる』(黒田基樹著)

 本書は、その築山殿の生涯を解き明かしていこうとするものである。もっとも築山殿に関する当時の史料はわずか一つだけで、その動向を伝えるものは、江戸時代に成立した史料がほとんどになる。江戸時代がすすむにつれて、その動向は様々に伝えられるようになり、また解釈されていくようになっている。そのため現在において、その実像をとらえることはなかなか難しい状況になっている。そこで本書では、江戸時代の成立ではあるができるだけ内容の信頼性が高い史料をもとに、その実像を明らかにしていくという方法をとっていく。いってみれば、江戸時代がすすむにつれて付いていった尾ヒレをそぎ落とし、生に近い情報だけをくみ取ろうというものである。

 築山殿の生涯における最大の謎は、築山殿が家康に殺害された、とされていることであろう。嫡男信康もまた同時に家康に殺害されたものであった。そのためそれは「築山殿事件」「築山殿・信康事件」あるいは「信康事件」などとも呼ばれている(本文では「信康「逆心」事件」と表記した)。経緯については、ある程度は把握することができているが、真相を伝える史料は存在していない。そのため事件の真相をめぐって、先行研究において様々な解釈が出されている。その解釈は、詰まるところ、家康と築山殿・信康をめぐる政治環境をどのように理解するかによっている。

築山殿墓所にある墓碑
築山殿墓所にある墓碑

 本書でももちろん、事件の真相に迫っていく。その際にとる手段は、信頼性の高い史料にもとづいて事件の輪郭を描き出すこと、そして築山殿の立場を、家康の正妻、徳川家の「家」妻という観点からしっかりと評価すること、である。とりわけ後者の、正妻あるいは「家」妻という観点からの把握は、これまでの築山殿についての研究ではみられていなかったものになる。しかし戦国大名家は、当主たる家長と、正妻たる「家」妻との共同運営体とみなされる。そこでは正妻あるいは「家」妻が管轄する領域があり、その部分に関しては、当主あるいは家長であっても独断で処理できず、正妻あるいは「家」妻の了解のもとにすすめられたと考えられる。

 私はここ数年、戦国大名家の正妻あるいは「家」妻の役割を把握するこころみを重ねている。この分野は、これまで意識的に取り組まれてきていないものになり、追究を重ねていくにつれて新たな発見が生まれている。しかし家父長制社会のなかでは、表面的な社会主体は男性に置かれていたため、妻に関する史料は少ない。それゆえに妻に関する一つ一つの情報が大事になっている。そうしてこれまで、駿河今川・相模北条・甲斐武田について追究を重ねてきた(拙著『今川のおんな家長 寿桂尼』・『北条氏康の妻 瑞渓院』・『武田信玄の妻、三条殿』)。本書はいってみれば、その徳川家版ということになる。

 ちなみに戦国大名家の妻妾については、「正室」「側室」の用語が使用されることが多いが、「側室」は江戸時代に展開された一夫一妻制のもと、妾のうち事実妻にあたるものについての呼称として生まれたものになる。戦国時代はまだそのような状況にはなく、一夫多妻多妾制であった。そのため本書では、正妻・別妻・妾の用語を使用していく。また男性家長と対をなし、家組織の運営にあたる妻について、「家」妻という用語を使用する。それら用語の詳しい内容については、拙著『戦国「おんな家長」の群像』(笠間書院)を参照してほしい。

 築山殿の動向、そして殺害事件は、家康の正妻、徳川家の「家」妻という観点からみていくと、どのように理解することができるか。それこそが本書の眼目になる。そのような観点に立ってみると、次男秀康が家康の子として認知されなかったこと、殺害事件の直前まで家康の子どもの誕生がかなり限られていること、事件の淵源となる長篠・設楽原合戦直前の「大岡弥四郎事件」への関与、そして事件における築山殿の生害(自害)の理由などについて、これまでの解釈とは異なる、新たな理解が生まれてくることになる。

 何事も、視点が転換すると、違う様相がみえてくる。それではこれから、新たな視点をもとに、築山殿の生涯をたどっていくことにしたい。

『家康の正妻 築山殿 悲劇の生涯をたどる』目次

はじめに
第一章 築山殿の系譜と結婚
第二章 駿府から岡崎へ
第三章 家康との別居
第四章 岡崎城主・信康
第五章 信康事件と築山殿の死去
あとがき
主要参考文献

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