超リアル日本語の「吸引力」 岡田利規『掃除機』
記事:白水社
記事:白水社
THE VACUUM CLEANER / Münchner Kammerspiele from Münchner Kammerspiele on Vimeo.
【「掃除機」紹介動画:THE VACUUM CLEANER / Münchner Kammerspiele】
この本を手に取ってくださった方へ。どうもありがとうございます。
本書に収められた4篇の戯曲は、そのうち3つはドイツ語への、残る1つはノルウェー語への翻訳によって(ついでに言えば、わたし自身の演出によって)初演されたものです。
ドイツ語翻訳を手掛けてくださったアンドレアス・レーゲルスベルガーさん、ノルウェー語に翻訳してくださったアンネ・ランデ・ペータスさんに、心からの感謝を。
くわえて、ドイツで作品づくりをするときはいつもリハーサルの場での通訳のみならずドラマトゥルクとしても参加してくれる大いに頼もしい山口真樹子さんと、わたしのはじめてのノルウェーでの仕事となったオスロでの「部屋の中の鯨」のクリエーションを支えてくださった嶋野冷子さんにも、この場を借りて感謝を申し上げます。
そして、4つのプロダクションすべてで音楽を担当してくれた内橋和久さんにも、いつもありがとうございます!
どの作品もその初演以降、それと別のプロダクションが製作されたわけではありませんでした。「掃除機」「ノー・セックス」「ドーナ(ッ)ツ」はドイツ語で上演されたことがあるだけ、「部屋の中の鯨」はノルウェー語で上演されたことがあるだけ。
わたし自身、日本語で書いたこれら戯曲のせりふが日本語で発されるのは聞いたことがないのです。
NO SEX / Münchner Kammerspiele from Münchner Kammerspiele on Vimeo.
【「ノー・セックス」紹介動画:NO SEX / Münchner Kammerspiele】
わたしはドイツ語もノルウェー語もわかりませんから、稽古のときはそれらの言葉に翻訳されたテキストと日本語のそれとを見開きで対照できる仕様になっている台本を準備してもらって、役者の演技を見ながらときどき日本語テキストに目を落とす、という具合にリハーサルをやっています。
だからその意味では日本語のテキストも一応クリエーションの現場の構成要素のひとつではあるのですが、そしてそれがそのプロダクションのそもそもの発端であることも事実なのですが、しかしその中心に位置しているわけではありません。
わたしにしても、リハーサルが進んでいくにつれて徐々に、日本語のテキストに目を落とさなくなっていきます。そして上演が初日を迎える頃には、わたしにしてからが、日本語のテキストそのものがどうだったかを気にしなくなってしまっているのです。
なにせ、それよりもそこでドイツ語なりノルウェー語のせりふを発しながら演技する役者たちや、彼らの演技によって上演空間にたちあがるフィクションのありようや出来映えと向き合うことのほうが、大事で主要なことですから。
【「ドーナ(ッ)ツ」紹介動画:Doughnuts – Trailer | Thalia Theater】
だから、本書を出版してもらうにあたり収録作を読み直したときは、なんとも奇妙な感じでした。
自分が書いた元々の日本語のテキストに向き合う経験は、何と言いますか、自分がとても親しくさせてもらってる人を最初に紹介してくれた人がいる、その人とはそこまで親しいというわけではない、そんな人と久しぶりに会って、あ、どうも、と言うような感じと言いますか。
2023年3月、「掃除機」が本谷有希子さんの演出により上演されることになりました。
このあとがきを書いているのは2月ですので、その本谷版「掃除機」はリハーサルの真っ最中です。わたしは稽古場に顔を出してもいないので、わたしが日本語で書いた、しかし翻訳された別の言語でしか上演されたことのない戯曲が日本語で舞台の上から役者さんによって発されるのを聞くという初めての経験をわたしは現時点ではまだできていませんが、もうすぐ味わえるその機会を、今は心待ちにしているところです。
その経験が、わたしが「掃除機」の日本語テキストに対しても今以上に親しさを感じられるようになるための、大きなきっかけになってくれるかもしれないということも期待しながら。このKAAT神奈川芸術劇場での「掃除機」の日本語初演の機会にかこつけて、この戯曲集は出版してもらいました。
白水社、及び編集を手掛けてくださった同社の和久田賴男さん、ほんとうにありがとうございました。
【「部屋の中の鯨」紹介動画:Hvalen i rommet – Trailer | Nationaltheatret Oslo】
「掃除機」は、ひきこもりの息子を持つ女性の新聞の相談欄への投稿にインスパイアされて書きました。
「ノー・セックス」は、日本では2015年以来お年寄り用おむつの売り上げが赤ちゃん用おむつの売り上げを上回っているという事実をニュースで読み知ったことが創作のきっかけになっています。
「ドーナ(ッ)ツ」は、人里まで降りて来た熊がスーパーマーケットの中にまで入ったという、日本で起こった出来事のニュースを目にしたときに受けたインパクトから生まれた作品です。
「部屋の中の鯨」は、ノルウェーと日本の共通点は捕鯨文化がまだ生き存えていることとロシアが隣国であることだねという雑談を、ドラマトゥルクのヘーゲ・ランディ・トェッレセンさんとしたことから生まれています。
「部屋の中の鯨」のみならずどの作品もドラマトゥルクとのおしゃべり、ディスカッションで構想が芽吹き、膨らんでいったものです。
ヘーゲさん、「掃除機」と「ノー・セックス」のドラマトゥルクをしてくれたタルン・カーデさん、「ドーナ(ッ)ツ」を共につくってくれたユリア・ロホテさんに、感謝いたします。
岡田利規