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「接吻しそうな男女の真上に飛んでる鳥の腸にうごめく糞に注目」 Dos Monosのズレた面白さを感じる3冊

文:宮崎敬太、写真:有村蓮

ヒップホップのサンプリングという手法が好き

 Dos Monosはユニークなグループだ。メンバーは荘子it、没 a.k.a NGS、TAITAN MANの3人。中高一貫校の同級生だった彼らは音楽を通じて友達になった。卒業後はそれぞれ別の大学に進む。荘子itは映画、没はアフロフューチャリズムの研究、TAITAN MANは演劇。そんな3人が一緒に音楽をやろうと集まった。この間も3人は別々のバンドで音楽活動をしていた。が、それぞれのバンドが解散したため3人は集結した。それがDos Monosだ。彼らの音楽はヒップホップをベースにしているが、メンバーのバックグラウンドが色濃く反映されているため、他のグループとはまったく異なる光を放っている。

荘子it 「中学生の頃は、YouTubeで探してきたいろんな音楽をよくTAITAN MANと休み時間に共有していました。古いロックに始まり、そこから徐々にプログレが好きになってきて、ジャズにいった感じ。だから最初の頃に聴いてたジャズはロック寄りで、いわゆるハードバップとかより、マイルス・デイビスから派生したジャズロックとかが好きでした。そこからアヴァンギャルドなフリージャズを聴くようになったんです」

「僕も同じ学校ですが、二人と仲良くなったのは高校から。教室が隣になって、休み時間のそれにまざるようになった(笑)。アルバート・アイラーやセロニアス・モンクみたいな、普遍性があるけど少し狂ってるみたいのがよくて。ヒップホップにも、そういうのをいろいろ聴いていく中で出会いました。ヒップホップのサンプリングという手法が好きなんです。サンプリングなら、過去現在を問わず、あらゆる要素を自分たちの表現の中に取り込める。そういう暴力的な雑食性が自分たちを表現するのにぴったりだった。僕らは3人がそれぞれいろんな音楽を聴いてきたので」

Dos Monos - Clean Ya Nerves (Cleopatra)

20年前の松尾スズキに衝撃を受けた

 今回は3人に一冊ずつ持ってきてもらった。その選書からそれぞれの個性を深掘りしていこう。まず最初はTAITAN MAN。彼が持ってきてくれたのは松尾スズキの『ファンキー!―宇宙は見える所までしかない』だった。

TAITAN MAN 「僕が持ってきたのは松尾スズキの『ファンキー!』という戯曲です。松尾スズキの出世作で、演劇の芥川賞と言われる岸田國士戯曲賞を受賞しました。僕が演劇に求めるもののすべてが詰まった作品ですね。僕はもともと爆笑問題が好きで、大学ではコント的なものがやりたかったんですが、お笑いサークルに入るような勇気もなければ、お笑いサークル的なものに対する懐疑の眼差しも強くあった(笑)。それでなんとなく折衷案的に演劇の世界に入ってみました。だけど、演劇の世界は当時の僕には閉塞的に感じられて、勝手に不貞腐れていました。そんな途方にくれていた時、『ファンキー!』と出会ったんです。

 僕がこの作品を知ったのは、戯曲本でも、舞台でもなく、ネットの動画でした。『ファンキー!』は96年に上演されて、97年に戯曲として出版されたので20年以上も前の作品になります。その動画はおそらくVHSからおこした映像で、細部はよくわからないくらい粗かった。でも僕は再生した瞬間に、心を鷲掴みにされてしまった。『ヤバいものを発掘してしまった!』と思いました。2時間半くらいある結構長い作品なのに一気に観て、その映像内にほとばしるただならぬエネルギーをくらってしまったんです。

 『ファンキー!』は非常に悪趣味というか、露悪的な内容なんですよ。卑猥なセリフのオンパレードだし、マイノリティーを差別するような表現も平気で出てくる。だけど、その言葉がうまれるに至った根源的な部分には、どこまでもピュアな深い人間愛が感じられた。露悪と少年性が矛盾せず作品内に同居しているというか。さらにこの作品のセリフは、『人間が言葉を発声する』行為の魅力が詰め込まれていると思った。まずリズムが良い。しかも内容が面白くて、意味もある。だから聞いてて気持ちがいいんです。劇作家って役者に言わせることを前提に言葉を書くから、他の文筆家たちと比べて言葉に身体性があるんです。その意味でも非常にラップ的。ヒップホップが好きな人は、まずどうにかして映像を先に見てもらいたい。そのあとにこの戯曲を読むとハマれると思う」

石原吉郎の詩にFebbを感じた

 2人目の没はアフロフューチャリズムを学ぶためにアメリカに留学したという経歴の持ち主だ。アフロフューチャリズムとは映画「ブラック・パンサー」などにもみられる黒人のSF思想のこと。アフリカをルーツに持つ黒人たちが奴隷として世界へ売られていった歴史、ルーツを希求する思いが反映されている。黒人文化を理解する上で非常に重要な要素だ。

「日本の大学に通っていた時、アメリカの大学でアフロフューチャリズムの授業があることを知ったんですよ。しかも日本の大学の単位としても認めてもらえるから『絶対に行こう』と思いました。でも僕、アフロフューチャリズム全般というよりはサン・ラに興味があったんです。彼がどういう人生を生きてああいう表現に至ったのか知りたかった」

 サン・ラとはアメリカのジャズミュージシャンで、アフロフューチャリズムの提唱者の1人。彼の宇宙的な音楽観は、アース・ウィンド・アンド・ファイアー、アフリカ・バンバータ、アンダーグラウンド・レジスタンスなど、さまざまなミュージシャンに受け継がれている。

「読書のしかたも似ていて、『書き手にどんな生活があって、なぜこういう言葉を使うのか』を考えます。そこに一番興味がある。今日持ってきた本は石原吉郎さんという人の詩集『石原吉郎詩文集』です。実は僕らが通ってた攻玉社という学校の先輩なんです。攻玉社は海軍兵学校への予備校的なところで。でもこの人は東京外語大学に行って、貿易の勉強をするんです。自分で校内誌の編集をしたり文学的な人だったけど、19歳で招集されて、戦後はシベリア抑留まで経験する。詩に、必ずしも具体的な戦争体験が書かれてるわけじゃないけど、言葉にどこか諦観を感じるんです。それでいて口調は言い切りや断定的な表現が多くて力強い。そこがすごく自分には響きました。Febbさんっていう昨年亡くなってしまった大好きなラッパーがいるんですけど、彼の言葉に近いものを感じる。面識は全然なかったけど、同じ東京で同い年だった。そういうのもあって、最近はこの詩集をよく読んでいます」

日常の景色から少し視点をズラしたところにある面白さ

 最後はグループの核である荘子it。まずは彼の読書傾向について聞いてみると、リリースされたばかりのアルバム「Dos City」にちなんで興味深い話をきかせてくれた。

荘子it 「読書自体はすごく好きでジャンルを問わずいろいろ読むんですけど、特に興味があるのは哲学書。最近は存在論系に改めて興味を持っています。例えばアーティストや知識人が、『目に見えるものだけがすべてじゃないよ』みたいなことを言ってドヤ顔しますよね。そりゃそうなんだろうけど、僕はそういう表現者のステレオタイプな達観的態度とは違う、受け手に新たな思考を促せるような、複雑でクリエイティブな言い方で表現したい。そのヒントを探すために、哲学書を読みます。決して小難しいことが偉いわけではないですが、厳密な哲学書の中には、クリエイターが見習うべき多くのものがあると感じています。

 『Dos City』というアルバムのコンセプトは、僕らが住む実際の東京の街とは違う『もうひとつの街』です。それは元の街の完全な外部にあるのではなく、内部に混ざり込んでいて、普通は把握できないんだけど、ある種の歪みを通じて認識できる場所として構想しました。元ネタはミハル・アイヴァスというチェコの作家が書いた『もうひとつの街』という本。それを僕らのグループ名にちなんで『Dos City』にしました。『Dos』はスペイン語で『2』という意味だから『街2』みたいな。日常の景色から少し視点をズラしたところにある、面白いものを表現してみたかった。

 ちなみに『もうひとつの街』はめちゃめちゃ変な本。主人公はある日『もうひとつの街』に入っちゃうんですよ。そこはシュルレアリスティックなぶっとんだ世界なんですけど、実は自分がもともといたプラハの街とほぼ同じ形をしていて………という話で。著者のミハル・アイヴァスは映画監督のルイス・ブニュエルと顔がそっくりなんですよ。目がギョロっとしてて。シュルレアリストはみんなああいう顔になるのかな(笑)」

 荘子itはなかなかハードコアな読書家。非常に難解な概念をわかりやすい例えで話してくれる。そんな彼が今回の企画に合わせて持ってくれたのは、自身の名前の由来である「荘子」に関する書籍だった。ちなみに荘子は中国三大宗教(仏教/道教/儒教)のひとつである道教の始祖の一人とされる思想家。

荘子it 「僕は本名が庄子(しょうじ)なので、荘子に興味を持っていろいろ調べるようになったんです。荘子の思想の中で最も有名な概念は『万物斉同』。ものすごく端的に説明すると、この世の最上位概念は道(たお)で、道を前にしたらこの世の全てなんて等価だよねってこと。『胡蝶の夢』という話が有名で。蝶々になって楽しく飛んでいる夢を見ていた荘子が目を覚ました。彼は『今の自分は蝶々が見ている夢ではないのか?』と考えたんです。『だったら夢も現実も等価だろう』と。

 最近荘子が人気なんですよ。『現代の辛いストレス社会を生き抜くために荘子に学ぼう』的な。それはそれでいいんだけど、なんか気休めっぽくてしっくりこないんですよ。荘子は正しいと思うけど、僕はそこにプラスアルファを加えたい。だから『何か』という意味合いで『it』を付け加えた『荘子it』を自分の名前にしたんです。ついでに、『it』は、荘子の胡蝶の夢とは全然別の方向性で夢について面白い考察をしている精神分析学者フロイトの概念『es』(ドイツ語で同じく”それ”を意味する単語)にもかけています(笑)。

 今回紹介する本は『「荘子」―鶏となって時を告げよ (書物誕生―あたらしい古典入門) 』です。著者の中島隆博さんは、最近よくメディアとかにも出てる哲学者の千葉雅也さんの先生にあたる人。この本は荘子をクリエイティブな視点から掘り下げた本だと思うんです。一見、荘子の考え方って超然としすぎてて、僕らのような民草にとってはただの気休めでしかないんですよね。現実と乖離しすぎてるっていうか。でも大事なのは、荘子の思想を踏まえて、みんなが自分の身体感覚に落とし込んでいくことだと思う。そういうことがこの本に書かれてるんです。つまり僕が『荘子it』としてやっていきたいことがズバリ書かれてた。

 荘子関連の本はいろいろ読んだけど、たぶんこの本が一番僕のスタンスに近い。さっき話した『荘子とは?』みたいなことをなんとなく知ってるとかなり面白く読めるはず。ちなみにこの本はもう絶版になってて、今日は図書館で借りてきました(笑)。中古本もかなり高いので、Dos Monosに興味があって、さらに今日の話で荘子に興味を持った人にオススメしたいです(笑)」

 TAITAN MANはDos Monosというグループの本質を劇作家・岡田利規の言葉を引用して説明してくれた。「以前岡田利規さんが『劇作家として描きたいものは何か?』という質問を受けたんです。そしたら彼は『向かい合って今にも接吻しそうな男女がいる。しかし、観察者の立場としてそれは認識しながらも、彼らの真上を飛んでいる鳥の腸の中でうごめく糞の運動を描きたい』的なことを言っていたんです」。つまりメインカルチャーを視界に入れつつ、誰も気にしない何かの面白さをピックアップしたい。普通とはちょっと違う音楽を聴きたい人には、ぜひとも知ってもらいたいグループが登場した。