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ピケティらが『差別と資本主義』の深淵と解決への道筋を語る、最先端の論集

記事:明石書店

『差別と資本主義 ――レイシズム・キャンセルカルチャー・ジェンダー不平等』(明石書店)
『差別と資本主義 ――レイシズム・キャンセルカルチャー・ジェンダー不平等』(明石書店)

 本書は、『21世紀の資本』の著者として世界的に有名なピケティをはじめ、フランスの内外で活躍する気鋭の研究者であるミュラ、アルデュイ、並びにバンティニらの、差別と不平等の問題に関連した論文を翻訳したものである。かれらの論じる領域は、政治、文化、歴史、社会、経済の多岐に及んでいる。我々はそれらの分析を総合的に把握することで、差別と不平等の問題を解消するための手がかりを見いだせるであろう。以下では、かれらの主要な論点を、4つの観点から整理しておきたい。

トマ・ピケティ
トマ・ピケティ

ナショナリズムの暴力とキャンセルカルチャー

 第1に、人種差別とナショナリズムについて。今回のフランス大統領選で、極右のナショナリストであり人種差別主義者であるゼムールが候補者として突如現れ、彼の人気が急激に高まった。彼は外国人嫌いであり、移民とイスラム教を激しく批判する。また、イスラム人がフランス人を支配するというグレート・リプレースメント論を唱えながら人々を脅かす。そこでアルデュイは、彼の言語を徹底的に分析することによって、その危険性を暴いた(第三章)。ゼムールの世界観は暴力の世界であり、それは人種間の戦争を引き起こす。彼はそこで、文明人としての白人の勝利を宣言する。ゼムールのような極右のナショナリストの出現が、フランスと欧州の多様で平等な社会の建設を阻むことは間違いない。我々は、この傾向を断ち切る必要がある。

 第2に、人種差別と社会分裂について。現代の人種の概念は、実は歴史的につくられたものである。それはピケティが指摘するように、欧州の主要列強による奴隷制・植民地主義と密接に結びついている(第一章)。そして、奴隷の解放や植民地の独立を経た今日でも、人種差別は依然として存在し、それは社会の深刻な分断を引き起こす。米国での白人社会と黒人社会の対立はその典型である。その中で、反人種差別運動が一つの社会運動として世界中で展開された。近年のブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切である)の運動はそれを代表している。ミュラが詳細に分析したキャンセルカルチャーと呼ばれる抗議運動もその一つである(第二章)。それは、人種差別的な文化を取り壊すことで社会・経済的な正義を訴える。キャンセルカルチャーは、人種差別の歴史と現状を人々に気づかせる(ウォーク)と同時に、植民地支配者のつくった歴史を塗り替えるものである。

バージニア州シャーロッツヴィルにある公園に置かれていたアメリカ南北戦争連合軍リー司令官の騎馬像
バージニア州シャーロッツヴィルにある公園に置かれていたアメリカ南北戦争連合軍リー司令官の騎馬像

騎馬像への抗議運動で死傷者が出た衝突後の2017年8月28日、カバーで覆われた騎馬像前での示威行動 (写真はともに、Wikimedia Commonsより)
騎馬像への抗議運動で死傷者が出た衝突後の2017年8月28日、カバーで覆われた騎馬像前での示威行動 (写真はともに、Wikimedia Commonsより)

 他方で、ゼムールの主張するグレート・リプレースメント論は今日、統計的な根拠を持たない。最新のフランスの調査によれば、移民出身者は人口全体の3分の1を占めるにすぎない。さらにフランス社会における人々と移民との関係は、異人種間結婚をつうじて一層ぼやけている。それでも、フランスの社会で人種差別はむしろ強まっている。旧植民地の北アフリカなどを出身地とする移民は、依然として差別されているのである(第一章)。

差別と社会・経済的不平等、グローバル資本主義

 第3に、差別と社会・経済的不平等について。社会的弱者は今日、生活条件の悪化で苦しんでいる。人種差別を含めた諸々の差別もそうした苦しみを示すものであり、それは社会・経済的不平等をも表す。人々の生活条件を表す購買力を見ても、最も低い所得の世帯は近年、最も高い所得の世帯よりも購買力を低下させた。生活水準に関して明らかに不平等が生じた。それゆえピケティが強調するように、移民に代表される社会的弱者が受ける差別の問題は、社会・経済的不平等の一般的な問題として分析されねばならない(第一章)。一方、差別に基づく不平等を客観的に測定し、それによって差別を解消するための具体的な対策を練る必要がある。

 ところで、社会的不平等は教育の場面にはっきり現れる。そこでは機会均等が保障されねばならないのに、それは依然として達成されていない。富裕者と貧困者の間の、教育機会の格差は歴然としている。したがって両者の間の社会的不平等は教育をつうじて再生産される。また女性差別も相変わらず存在する。女性は社会での労働で強い差別を受ける一方、家庭内でも明らかに差別されている。男性中心主義から脱け出るためには、社会的な再生産システムを根本的に変える以外にない。

 第4に、差別とグローバル資本主義について。現代世界の社会・経済は、ヒエラルキー的な不平等の構造を色濃く表している。この点はバンティニが明らかにしているように、とりわけ労働の場面ではっきり見られる(第四章)。かつての奴隷労働で表された非人間的で過酷な労働は今日、形を変えながら発展途上国のみならず世界中で行われている。それは、多国籍企業を軸としたグローバル資本主義の中で生み出される。この体制は、極めて差別的でインモラルな社会・経済体制となる。資本主義に内在する残酷さは変わることがない。それゆえ人間の人権と尊厳を取り戻すために、正義に基づく体制に転換することが求められる。

今も絶えない差別事件と広がる社会分裂

 本書が日本で出版されてからまもなくして(2023年6月末)、フランスで移民関連の大事件が発生した。パリ郊外のナンテールで車を運転していたナエルという北アフリカ系の若者(17歳)が検問中に警察官により射殺され、それが、通行人の映した動画から警察官の正当防衛でないことがわかると、パリのみならずフランス全土で若者による暴動が起こったのである。それは、あたかもゼムールの唱える市民戦争の如くであった。この射殺事件は、移民の多くが住むパリ郊外で起こったものであり、その背後にかれらに対する人種差別が明白に存在する。今回の事件はまさに、フランスの社会分裂を鮮明に映し出している。ピケティの示したように、顔つきの観点から警察官による検査の対象となるのは、圧倒的にアラブ人やアフリカ人である(第一章)。同事件はまた、移民を排斥すべきとする極右派を活気づける。本書は、そうしたヒステリックな人種差別論を排して、移民と共存する社会を模索する際の的確な指針を与えてくれるものである。

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