「20世紀を語る音楽」書評 時代の熱と鼓動伝える壮大な物語
ISBN: 9784622075738
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サイズ: 22cm/p321〜582 63p
20世紀を語る音楽 1・2 [著]アレックス・ロス
いわゆる西洋クラシック音楽の世界で「現代音楽」というと、調性から脱した新ウィーン楽派以降の音楽をなんとなくそう呼んできたわけだが、しかし、それは百年も前の話なのであって、いくらなんでも「現代」ではないだろう。一方で新ウィーン楽派と同時代ないしそれ以降も調性のある音楽は書かれ続け、では、それらは「現代音楽」ではないのかといわれると、違うともいいにくい。こうした曖昧(あいまい)さの原因は、二十世紀音楽の概念が全く明確でなかったからである。その意味で、西欧の二十世紀音楽の姿を、トータルな形で、明瞭な輪郭とともに描き出した本書は、まずは画期的といってよいだろう。
二十世紀音楽を語るなら、多くの優れた演奏家たち、レコード、ラジオ等のテクノロジーの進歩、西洋に持ち込まれた民族音楽の力、そしてもちろんジャズやロックやポップスといった音楽を無視することはできない。本書でもそれらは当然視野におかれている。が、あくまで主役は作曲家、それもいわゆるクラシック音楽の世界の作曲家たちであり、欧米を舞台にした作曲家列伝の形を叙述がとっているのは、二十世紀音楽全体を語るという課題からしたら限界ともいえようが、対象の気の遠くなるような巨大さと錯綜(さくそう)ぶりを思うとき、一つの有力な方法だと納得できるだろう。と同時に、これまであまり知られてこなかった作曲家の履歴や思想に光があてられるという余禄もあって、一例のみあげるなら、ブリテンの事蹟(じせき)に割かれた章などはきわめて興味深い。
大量の資料を駆使して編まれた「物語」——一九〇六年五月一六日、リヒャルト・シュトラウスの指揮する《サロメ》を聴くべく、マーラー夫妻、ベルクら六人の弟子を引き連れたシェーンベルク、アドルフ・ヒトラー、そしてトーマス・マンの小説『ファウスト博士』の主人公、アードリアン・レーヴァーキューンといった人々が、グラーツの街で一堂に会する場面からはじまる壮大な「物語」は、二十世紀という時代の熱と鼓動をいきいきと伝えて魅力的だ。
評・奥泉光(作家・近畿大学教授)
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柿沼敏江訳、みすず書房・1=4200円、2=3990円/Alex Ross 68年生まれ。米国の音楽批評家。