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教育の本質を突く名著 おおたとしまさ著『学校に染まるな!』書評(評者:安藤寿康)

記事:筑摩書房

学校は、すごい。でも、すべてが出来レースだ――。プロが教える、学校をサバイブする方法。
学校は、すごい。でも、すべてが出来レースだ――。プロが教える、学校をサバイブする方法。

教育の現実を生き生きと描いた、優れた教育学のテキスト

 これはすごい著作だ。「地獄」の入り口にもなるわが国の教育風土であえぐ子どもたちや教師・親たちに向けられた希望の指南書であるだけでなく、どんな深遠な教育理論や膨大なエビデンスで固めた教育社会学や教育心理学の研究書よりも教育の現実を生き生きと描いた、優れた教育学のテキストでもある。
 教育の渦中にいる人たちへの希望の指南書であるとは、こうすれば理想の学習や教育の仕方が手に入るという意味ではない。なにしろ最終章は「「理想の学校」なんていらない」だ。
 より優秀でなければならない、そのために国民に平等に与えられた教科内容に向けて、子どもたちを勤勉と努力の無間地獄に追い立て、「アクティヴラーニング」「個別最適化」「非認知能力」と次々に登場するはやりの呪文に縛られて教育することが正しい学校の在り方だという考え方に染まっている今の教育界。その先に競争と選抜をちらつかされ、その逆らい難い、しかししょせん一過的な「正しさ」に思考停止させられているすべての教育当事者(子どもだけでなく教師や親にも)に、そんな学校に染まるなと言い切っている。それも力まずに。それは決して学校や勉強を否定しているのではない。むしろ逆だ。学校や勉強が本来作り出しているホンモノの経験から目をそらすなと言っているのだ。

 こう言い切れる根拠はどこにあるか。それが名門校から通信制、無料塾や森のようちえんまで教育現場をその目で見とどけてきたおおたさんの経験値だ。教育格差、学力格差の危機が叫ばれ、いじめや不埒な教師、学校の隠蔽体質がメディアで騒がれ、教育現場は荒廃しきっているかのように印象操作される中、おおたさんは、そんな表面的な「危機」の裏に、ホンモノの教育が日本各地でちゃんと実現されていることを生き生きとルポしてきた。しかも、教育理論や教育史、社会学、心理学、脳科学などの成果をふまえてそれを論証している。おおたさんは単なる教育ジャーナリストではなく、卓越した教育研究者なのだ。
 私の専門である行動遺伝学の知見もちゃんと位置づけてくれている。それは学力の個人差が遺伝と家庭環境でほぼ八割がた説明されるという頑健な知見である。そこから導かれる結論が「学校は出来レース」だ。おおたさんはこのことを、私の著作を読んで知ったというよりも、自らの経験からもともと気づいていて、それが科学的エビデンスと合致することで、確信を得たのだと思う。
 知識の由来というのは元来そういうものだ。知識のないところに外側から植えつけるのではなく、すでに漠然とおのずから気づいていたものに知識が乗ってくるのである。それがソクラテスのいう「想起」であり、最新脳科学でいう「予測」だ。

「学問」と「教育」の本義

 私は『男子御三家』(2016、中公新書ラクレ)の次の一節に出会ったとき、それを経験した。「今、日本の教育に危機があるとするならば、その本質とは、子どもたちの学力低下や教師の質の低下などという問題ではなく、「学問」や「教育」の本義が国家レベルで理解されていないことではないか」。これこそ、日本の教育言説に対する私のもやもや感をまさに言い当ててくれていた。
 私の言葉で言えば、学問の本義とはホンモノの世界について知ること、教育の本義とは世界に関するホンモノの知識に気づく経験を手助けすることだ。ここがつながれば人はちゃんと生きていける。

おおたとしまさ『学校に染まるな!』(ちくまプリマー新書)書影
おおたとしまさ『学校に染まるな!』(ちくまプリマー新書)書影

 それにしても出来レースである学校のどこに希望を見出せばいいのか。私はここで希望の根拠を見出せなかったから、長らく行動遺伝学の成果を世に公表することへのためらいがあった。それがひとまず消えたのは、歳を重ねて、この社会を支える知識と労働が、誠意と喜びを伴った無数の人たちによって日々営まれていることに気づいてからだった。しかし「学校」は相変わらず地獄の入口だった。私とおおたさんのちがいは、おおたさんは学校が好き、私は苦手だったところだ。
 そのおおたさんの目が、学校の中にも希望がこんなにあることを私に教えてくれた。おおた教育学のひとまずの集大成と自ら語る本書に描かれた教育の希望を多くの人に知ってもらいたい。

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