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鉱山と生きるまちを考える―『郷土史年表・資料集』の使い方

記事:朝倉書店

佐渡金山(新潟県)や石見銀山(島根県)、別子銅山(愛媛県)、軍艦島(長崎県)など、鉱山を観光資源として活用する自治体は増えている。その様態はさまざまであるが、一つ一つが地域社会の中にあったものであり、今もなお郷土の生活に多大な影響を与え続けている。
佐渡金山(新潟県)や石見銀山(島根県)、別子銅山(愛媛県)、軍艦島(長崎県)など、鉱山を観光資源として活用する自治体は増えている。その様態はさまざまであるが、一つ一つが地域社会の中にあったものであり、今もなお郷土の生活に多大な影響を与え続けている。

石炭の郷土史

 「明治日本の産業革命遺産」として、製鉄・製鋼、造船、石炭産業の遺構が世界遺産に登録されたのは2015年。なかでも、エネルギー源としての石炭を採掘した炭坑の存在感は大きく、同構成遺産には4ヶ所(端島、高島、宮原、万田)が含まれる¹。『郷土史・年表資料集』を用いて、この歴史を見ていこう。

 先に挙げた宮原坑、万田坑を含む三池炭鉱は、福岡県に位置する。「九州・沖縄地方」の項目は同書347ページからである。まず夏目琢史先生による同地域の概説があり、続いて西暦527年から始まる年表を繰っていくと、352ページ、1469年に「三池稲荷山」の記述が登場する。

大牟田市の三池稲荷山において傳治左衛門が焚火の際に黒い石が燃えることを発見したという(石炭の発見)(『郷土史年表・資料集』p352より引用)

『郷土史年表・資料集』p352
『郷土史年表・資料集』p352

 和暦「文明1年」と西暦「1469年」、都道府県「福岡県」、および上記のできごとを確認できるほか、「掲載書籍」の項目では「郷316」「生②46」との情報が記されている。これはそれぞれ書籍と該当ページ数を示す記号であり、以下のように凡例が定められている。

 

「郷」…『郷土史辞典』
「大①」…『郷土史大辞典(上)』
「大②」…『郷土史大辞典(下)』
「領①」…『領域の歴史と国際関係(上)前近代』
「領②」…『領域の歴史と国際関係(下)近現代』
「生①」…『生産・流通(上)農業・林業・水産業』
「生②」…『生産・流通(下)鉱山業・製造業・商業・金融』
「宗」…『宗教・教育・芸能・地域文化』
「情」…『情報文化』
「観」…『観光・娯楽・スポーツ』(『郷土史年表・資料集』p1より引用)

 

 『新版 郷土史辞典』(大塚史学会編)は、郷土史研究において標準的な辞典として、刊行以来長らく用いられてきた書籍の一つである。『郷土史大辞典(上)(下)』(歴史学会編)はこれを大幅に改訂し、項目数を増やして、『郷土史辞典』以降の社会情勢の変化やそれに伴う研究の前進・変化を反映したものだ。それ以外の書籍は「郷土史大系」シリーズとして刊行されたもので、テーマごとに全国各地の歴史を渉猟しまとめている。

 上の凡例にしたがい、ここでは「生②46」、すなわち『郷土史大系 生産・流通(下)鉱山業・製造業・商業・金融』の46ページを確認してみよう。

同様の「発見」の伝承は、筑豊、長崎、常磐、北海道といった諸地域に残されているが、その時代に商品化され、産業となったわけではないので、いずれも確たる証拠がなく、史実としては確定できない。ただし、その発見人が「五平太」である地域が複数あり(長崎、宇部など)、それが石炭の方言である「五平太」・「ごへだ」につながったとされる(ただし、「ごへだ」の語源にも異説がある) 『郷土史大系 生産・流通〈下〉 鉱山業・製造業・商業・金融』p46より引用

 長崎や宇部では「五平太」という人物が石炭を発見したという。石炭を「五平太」とよぶ方言は長崎・島原半島のほか、福岡・筑豊地方にも伝わっているもので、石炭を運送する船に関係する名前という説もあるそうだ²。

 地域ごとに伝承があり、採掘が本格化する前から石炭の存在が言い伝えられていたことがわかる。さらに「傳治左衛門」や「五平太」については、一般庶民が名を残している点で、個別性をもった「郷土史」という視点ならではの例だろう。のちに日本の近代化を支えた一大産業のはじまりは、「郷土」にあったのである。

鉱山と私たちの社会

 『郷土史年表・資料集』では、日本全体の鉱山史について概観することもできる。『郷土史年表・資料集』の「鉱山一覧」にて、炭鉱だけでなく、鉄鉱や金・銀・銅山も含めた鉱山史をみることができる。

鉱山一覧。
鉱山一覧。

全国各地に鉱山が点在していることがわかる。
全国各地に鉱山が点在していることがわかる。

 鉱山の開発が外貨獲得など日本の近代化に寄与したのは確かだとしても、その与えた影響にはマイナスの面もある。本書では郷土に与えた負の影響のひとつとして、足尾銅山鉱毒事件を取り上げ、その顛末を記している。

1897年(明治30)、鉱毒被害地の農民が大挙して東京に陳情をおこなう事件(押し出し)が行われたが、日清・日露戦争の最中であった当時の政府は、鉱山の操業を中止することはできず、1907年(明治40)には谷中村の廃村と強制破壊がおこなわれた。(『郷土史年表・資料集』p480より引用)

 また、こんにち鉱山の閉山が全国的に相次いでいることを受け、以下のように言及する。

鉱山開発が郷土に与えた影響は、善悪の両方の面で非常に大きい。鉱山を観光資源として活かす動きも、各自治体で活発に行われ始めている。こうした意味で、鉱山と地域社会(郷土)との関係は、ますます深まりつつあるといえるだろう。(『郷土史年表・資料集』p481より引用)

 佐渡金山(新潟県)や石見銀山(島根県)、別子銅山(愛媛県)、軍艦島(長崎県)など、鉱山を観光資源として活用する自治体は増えている。その様態はさまざまであるが、一つ一つが地域社会の中にあったものであり、今もなお郷土の生活に多大な影響を与え続けている。また、冒頭で取り上げた「明治日本の産業革命遺産」しかり、上で示した地図中の鉱山しかり、日本の産業を支えた重要な鉱山は、各地に点在している。「郷土史」の観点から鉱山を見るということは、ある地域の過去の歴史だけでなく、「郷土」を含めた日本の未来について考えることでもあるのだ。

「郷土史」の面白さを味わう

 本書および本シリーズが「郷土史」研究にもたらす意義について、編者の夏目先生は序文で以下のように述べている。

一つのできごとが、郷土史という文脈において、どのように注目されているのかについて、違った角度から考えることができる。(中略)この年表を手掛かりに、さまざまな郷土史の研究へと問題関心が広がっていく。(『郷土史年表・資料集』p1より引用)

 たとえば炭鉱について調べてみると、方言の由来や採炭地域のつながりについて調べる糸口が見つかる、それが本書を用いた歴史探求の面白さである。

 また、通常の日本史教科書では目にすることのない内容も多々扱っており、年表を眺めるだけでも興味深い。19943月に江崎グリコ「ジャイアントポッキー〈夕張メロン〉」、同年11月に明治製菓「アポロ北海道メロン味」がそれぞれ発売されていたり、20098月に長野県上田市を舞台とする映画『サマーウォーズ』が公開されていたりと、個々人の思い出をくすぐるような事項も盛り込んでいる。

 ぜひ、本書をひらいて、人々の生活が息づく「郷土史」の世界へ飛び込んでみてほしい。

(参考)

1) 文化庁、文化遺産オンライン https://bunka.nii.ac.jp/special_content/hlinkF

2) 直方市バーチャルミュージアム http://nogata-virtualmuseum.jp/assets.php?no=230

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