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詫摩佳代さんに聞く、これからの国際情勢とグローバル感染症の行方

記事:明石書店

『グローバル感染症の行方――分断が進む世界で重層化するヘルス・ガバナンス』(詫摩佳代著、明石書店)
『グローバル感染症の行方――分断が進む世界で重層化するヘルス・ガバナンス』(詫摩佳代著、明石書店)

Q1.  2020年に『人類と病』を刊行され、4年ぶりの刊行となりました。なぜ今、刊行となったのでしょうか? また本書に込めた思いも聞かせてください。

 前著『人類と病』の原稿を書き上げたのは2019年末でした。その後、感染症がこんなにも社会を変えてしまうのかと、その脅威に慄きながらも、世界規模での感染症管理の現状や課題について考察し、考える日々を送ってきました。2023年3月からは1年間、フランスで在外研究の機会を得、COVID-19の社会やガバナンスへのインパクトについて、共同研究者たちと研究を進めることができました。パンデミックが終わって新たなステージに移行しつつある今、この数年間の研究をまとめて公表する必要性を認識し、このたび刊行の運びとなりました。

 我々人類が未曾有のパンデミックを克服し、日常を取り戻したことは素晴らしいと思います。2024年3月末まで滞在していたフランスでは、パンデミックはすっかり過去のもの、日本でも帰国してみると、パンデミック前の活気を取り戻しており、我々は危機を乗り切ったのだと改めて認識しました。

 他方、次の危機がやってきた時、我々人類はCOVID-19よりもベターな対応ができるでしょうか? 今年に入ってからも世界各地でH5N1鳥インフルエンザやM痘の感染拡大が起きていますが、例えばM痘に関しては、COVID-19と同じく、アフリカと欧米諸国の間のワクチンアクセス格差という問題が浮上しています。また、世界規模で感染症対応の法的枠組みを見直す動きがありますが、必ずしも順調とは言えません。結局、我々がCOVID-19パンデミックに際して直面した問題の本質は、あまり変わっていないようにも見えるのです。そのような現状の中で、どのように次の危機に備えていくべきか、現実的な視点で考える必要があると思います。

Q2. 本書の副題には「分断が進む」という言葉が入っています。この数年の間に、世界では複数の戦争が起き、一部の国家間では対立が激しさを増しています。このような国際情勢と感染症の国際管理はどのような関係があるのでしょうか?

 感染症は国境を簡単に超えますし、また、いかなる国とて、感染症対応を自給自足できる国は存在しません。日本がパンデミックの最中、他国で作られたワクチンを輸入し、また逆に、日本が他国を様々な形で助けたことは、そのような感染症対応の特徴を顕著に示しています。伝統的なリベラリズムの立場に立てば、感染症の管理は、互いに協力することでウィンウィンになれる領域だと見ることができますし、歴史的にみれば、そのような役割が期待されたことも実際にありました。

 しかし、今日の国際社会では、感染症をめぐる国際協力が容易などころか、政治的な対立が顕著に反映されるようになっています。問題はこれだけ国際社会で政治的分断が進んでいるという現状と、感染症対応における国際協力の必要性をどのように両立させていくべきか、ということです。本書では重層化、イノベーションという観点からこのジレンマへの取り組みを考察し、その課題と可能性について論じました。

Q3.コロナ禍はすでに過去の経験になりつつあります。しかし常日頃から、非日常への準備をしておくことが重要であると、多くの人は学んだことと思います。今、市民の立場で何ができるでしょうか?

 感染症の地球規模での管理というと、何か、我々の日常とは関係のない話という印象を持たれるかもしれませんが、全くそんなことはありません。とりわけ日本を含む民主主義国では、感染症対応に関する世論の動向が、その国の国際協力のあり様に大きな影響を及ぼすようになっています。欧州などで右派政権が台頭する現状では、国際協力に内向きな世論が増え、今後、感染症を含む様々な国際協力への影響が懸念されます。

 そのように考えると、私たち一人一人が感染症対応の問題の性格をきちんと理解し、ガバナンスにおける日本の立ち位置についても考えを巡らせることが大事ではないかと思います。

Q4. 前著『人類と病』は、アメリカでドナルド・トランプ氏が敗れ、バイデン大統領が誕生する年の刊行でした。そして今回、2024年11月のアメリカ大統領選でふたたびトランプ氏が立候補、圧勝しました。米国の動向とその保健ガバナンスへの影響をどのように見ていますか?

 トランプ1.0(第一次トランプ政権)の下では、パリ協定やユネスコ、WHO、TPPなど数々の多国間協力からの米国離れが大きな注目を集めました。トランプ2.0(第二次トランプ政権)の下でも、同様のことが起きることが予想されます。他方、トランプ1.0の下では、米国不在でも、欧州やインド、日本などの主導力が目立ちました。とりわけ保健の領域では、従来より、新興国や非国家アクターの台頭が目覚ましいという特徴がありましたので、米国不在のダメージを最小限に抑えることができたように思います。

 保健分野に話を絞れば、トランプ2.0の下では二つの動向が進んでいくと思われます。一つ目は、保健分野の多国間協力に残存するアクターの間での、新たなパワーゲームの展開です。トランプ1.0の下ではドイツなど欧州諸国の主導力が目立ちましたが、トランプ2.0の下では、どのアクター(あるいはそのグループ)の主導力が顕著になるのか、注目していきたいと思います。

 第二は、本書で論じた、グローバル・ヘルス・ガバナンスの重層化の動きが一層進むことが予想されます。トランプ政権は多国間主義とは距離を置きますが、孤立主義に陥るわけではありません。多国間協力の代わりに、米国を中心とした二国間、あるいは仲良しグループとの連携を強める可能性があります。ただ、そうなったとき、本書でも指摘したように、個々の取り組みを有機的に繋ぐ取り組みが不可欠となります。重層化が進んでいく中で、今後、本書で論じたようなイノベーションや日本を始めとする各国の積極的なリーダーシップが重要な役割を担うことになりそうです。

 国際社会は変容していますが、我々が常に様々なウイルスの脅威に晒されているという状態は変わっていません。協力がしにくい現状で、どのように次に備えていくのか、本書を通じて多くの方に考えて頂ければ幸いです。

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