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DCDが形作る体験世界:発達特性が交錯する場──柏淳さん・評『〈逆上がり〉ができない人々』

記事:明石書店

『〈逆上がり〉ができない人々──発達性協調運動症(DCD)のディストピア』明石書店
『〈逆上がり〉ができない人々──発達性協調運動症(DCD)のディストピア』明石書店

 「第4の発達障害」発達性協調運動症(DCD)とは

 発達性協調運動症(DCD)とは聞き慣れない病名かも知れない。日常的な言葉で言えば「不器用」「運動音痴」のことであり、生まれつき自分の身体をうまく操ることができない人たちのことを指す。先天的な認知行動面の特性であり、これも発達障害の1つに数えられる。発達障害としては自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如・多動症(ADHD)、選択的学習症(SLD)の3つが有名であるが、DCDも人口の5~6%と多く、「第4の発達障害」と呼んでもよい重要なものである。しかし他の3つと比べるとマイナーな印象が拭えず、また医療現場で扱われることも少ないのが現実である。

 そのためDCDについての書籍は少なく、あっても子どもの療育のための支援本にほぼ限られている。横道さんによる本書は、DCD児を抱える親の視点から、そして私も含めた大人の当事者の視点から、という2つの角度からのインタビューを中心に構成されており、本邦初の試みであろう。当事者の語りに続いて横道さんのコメントが繰り返されるスタイルは、彼が『発達障害者は〈擬態〉する』(明石書店)、『「心のない人」はどうやって人の心を理解しているか』(亜紀書房)において、それぞれASDにおけるカモフラージュと社会コミュニケーション障害を扱ったのと同じ手法であり、「横道スタイル」として面目躍如たるところである。

「不器用」の裏に潜む生きづらさ

 発達障害の困りごとは、特性そのものによることに加え、周囲と自分が異なることによる孤独感や劣等感、周囲からの無理解や不合理な扱いによるところが大きい。ASDではコミュニケーションの苦手さや独特のこだわりが、ADHDでは不注意や多動衝動性による失敗や周囲を困らせる行動が、それぞれ大きな問題となるが、DCDの症状については「不器用や運動音痴なだけであり、ASDやADHDの困りごとほど深刻さはない」と考えている専門家も多いのではないか。横道さんは、専門家の私からはお会いしてすぐにわかるくらい発達特性が濃い方だが、その彼の生きづらさの中核にあるのは、ASDでもADHDでもなくDCDだという。からだの使い方がぎこちなく、すぐ疲れてしまい、体幹が弱くて同じ姿勢を保つのが難しい点が大きな困難だというのだ。また本書中には、みじめさがありありと表出されるDCDは、もっともいじめを呼び込みやすい発達障害ではないか、とも書かれている。

 今回、精神科医である私は、大人のDCD当事者として本書に登場している。子どもの頃はDCDとASD特性が強かったが、大人になるまでに、運動音痴は直らなかったものの、ASD特性や不器用さをそれなりにカバーする術を身につけた当事者として描かれている。私以外の当事者の皆さんは全員DCD(およびその他の発達障害)の正式な診断を受けているが、私も含め、本書では大人のDCD当事者がそろいもそろって、学校での体育や運動会をつらい体験として語っていることに注目していただきたい。X(旧ツイッター)で、市民スポーツの場を作る人が「学校の体育を恨んでいる人間がいるなんて知らなかった」と語っている、というポストを見かけたが、DCD当事者からみた「定型発達者」(DCD特性をもたない人々)にとって楽しい時間であろう体育や運動会は、われわれDCD当事者にとっては苦痛以外の何ものでもないのである。学科のテストは結果を見せ合わなければ点数はわからないが、徒競走をはじめとする運動系の競技は、ひと目で順位が丸わかりだ。体育の授業や運動会によって自己評価が低下し、劣等感を抱えて学校生活を送るつらさを多くの読者にわかっていただけると幸いである。

発達障害の根っこは同じ?:ASD、ADHD、そしてDCD

 さて、本書に登場する当事者たちを紐解いていくと、横道さんだけではなく全員がDCDのみならずASDやADHDなどの特性を持ち合わせていることがわかる。このことは、ASDの79%、ADHDの55%がDCDを持ち合わせているという報告とも一致しよう。横道さんはASDの感覚過敏、ADHDの脳内多動、DCDの自分の身体を捉える力の弱さが自分の体験世界を形作っているという。私見だが、発達特性を認識の独特さ(弱さ)という切り口で見るなら、物事の認識においてはASDが、身体の認識においてはDCDが、それぞれ独特さ(弱さ)を有しているといえようし、またセルフコントロールの困難さという切り口で見るなら、言動のセルフコントロールにおいてはADHDが、身体のセルフコントロールにおいてはDCDが、それぞれ困難さを有しているといえるのではないか。このように発達障害はどれも根っこの病態は同じものであって、表現型が違うだけではないのか、といった洞察(妄想?)を得られたのも本書のおかげである。

 かくしてまたしても横道ワールドにやられているわけだが、私が一冊読むより早く一冊書いてしまう横道さんのことなので、この書評より次の作品が先に出てくる方に1万ペリカ賭けることとする(笑)。

◆出版記念トークイベントのお知らせ
横道誠×柏淳 「できて当然を問いなおす」
『〈逆上がり〉ができない人々~発達性協調運動症(DCD)のディストピア』
2025年1月10日(金)19:30~21:30 @本屋B&B
https://bookandbeer.com/event/bb250110a/

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