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グレーバーは民主主義をどう考えたか――デヴィッド・グレーバー『民主主義の非西洋起源について――「あいだ」の空間の民主主義』「訳者あとがき」より

記事:平凡社

デヴィッド・グレーバー『民主主義の非西洋起源について――「あいだ」の空間の民主主義』(片岡大右訳、平凡社ライブラリー、2026年4月3日刊)
デヴィッド・グレーバー『民主主義の非西洋起源について――「あいだ」の空間の民主主義』(片岡大右訳、平凡社ライブラリー、2026年4月3日刊)

「西洋」は存在するか?

 デヴィッド・グレーバーは、そもそも「西洋など存在したためしはない」のだと断言する。西洋的価値観の他の地域における浸透が民主主義的空間を拡大していく未来に期待をかけるのであれ、「文明の衝突」(ハンチントン)を避けがたいものとみなしてそうした展望を退けるのであれ、「西洋」として名指すことのできる単一の実体が、歴史を貫いて存続してきたという前提に立っている点では変わらない。けれど実際には、そもそもユダヤ・キリスト教の伝統を古代ギリシア哲学の遺産と結びつける作業が最初になされたのはイスラーム世界だった事実ひとつを取っても、そのような単一の実体が、ある時点での歴史的再構築の所産にほかならないことは明らかだ。

 そして古代アテネの政治制度はと言えば、たしかに民主主義的と形容しうる実践の顕著な達成であることは事実だとしても、「民主主義」という言葉にこだわるのでなければ、世界各地にそれ以前から存在してきた様々な実践の一例――それらの多くが多数決による決定ではなくコンセンサスの実現を追求してきた事実を踏まえるなら、むしろ特異な一例――でしかない。しかもアテネの民主主義は、古代ギリシアの哲学者たちはもとより、のちの「西洋」世界においても、体系的な呪詛の対象となってきた。エリート層がそれを自らの知的伝統の重要な一部をなすものとして回収するに至るのは、政治的権利の拡張を求める広範な庶民層の声に応えざるをえなくなってからのことにすぎない。

「民主主義」はどこから生まれるか?

 グレーバーはこうして、アテネとそれを引き継ぐと称する西洋の立場を顕著に相対化する。しかし、民主主義を非西洋化しようとするこの努力は、反西洋の企てとして遂行されるのではない。民主主義はアテネ起源ではなく、西洋がそれを特権的に受け継ぎ実現してきたわけでもないにしても、他の文明地域がそれをいっそう見事に実現してきたと言うこともできない。反西洋を掲げ、固有の伝統に沈潜すればよいというものでもない。民主主義はある文明と他の文明、ある共同体と他の共同体が出会う時、そのあいだに開かれる空間においてこそ成立するのだとグレーバーは言う。

 例えば北米の入植者たちは、西洋の書物の伝統のみならず、彼らが結局は大部分を殺戮することになった先住民との交わりにも触発されながら合衆国の国制を打ち立てたのだった。現代における実例として彼が重視するのがサパティスタの運動だ。メキシコ南部の最貧困地域、チアパスの密林における先住民たちの蜂起(1994年1月1日、北米自由貿易協定の発効の日に)とそれに引き続く自治コミュニティの構築は、中南米のある種の先住民運動と異なり、あえて征服者の言語に属する「民主主義」を掲げながらなされた。彼らはそのことを通し、民主主義の西洋起源という通念を退けて、それが本来持つ折衷的性格を回復させたのだとグレーバーは説く。より近年の例としては、彼がやはり強い関心を寄せるロジャヴァの実験を挙げることもできるだろう。2013年以降、とりわけイスラム国と戦いながらシリア北部と北東部に事実上の自治地域を確立してきた革命家たちは、中東世界の「後進的」とみなしうる側面と、ジェンダー平等を含む民主主義的発展を矛盾のないものとみなす理論に支えられている。

 とはいえ、グレーバーの民主主義をめぐる考察は、こうした「周辺的」諸地域における革命的実践の普遍的な意義の理解に役立つばかりではない。じっさいそれは、「出羽守」の嘆きと「日本スゴイ」の大合唱が不毛な対立を繰り広げているように見える私たちの列島の現在においても、決して他人事ではない着想に満ちているはずだ。

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