「啓蒙の海賊たち」書評 船から陸に持ち込まれた「革命」
ISBN: 9784000616850
発売⽇: 2025/04/25
サイズ: 1.8×18.8cm/224p
「啓蒙の海賊たち」 [著]デヴィッド・グレーバー
急逝した人類学者デヴィッド・グレーバーは資本主義や労働に対する鋭い言説で知られる。アフリカ南東部沖の島国、マダガスカルの海賊社会を扱う本書の構想は古く、著者が1990年前後に人類学者として同地の調査をしていた頃に入手した古い手稿のコピーがきっかけとなっている。
手稿は、白人の海賊男性とマダガスカル女性とのあいだの子が率いたとされる18世紀の「王国」の伝承を記録していた。その内容には矛盾も多かったが、著者はそれが奴隷制を廃止した「リバタリア」など、海賊によるユートピア的な共同体を語る複数の伝承と似ていることに気づく。王国の実在は疑わしいとしても、平等と自由を重んじるラディカルな民主主義の実験をした集団がいたのかもしれない。それは欧州の大都市に先駆けた「ラディカルな啓蒙主義」の試みともいえるのではないか、と著者は問いかける。
海賊船の中での秩序が平等で民主的であったことは知られている。著者は、死と隣り合わせの元海賊たちが船上でそうした文化を育て、陸の社会に持ち込んだことが一種の「革命」となったとみなす。また、その過程において、富と恋愛を求めて海賊たちとつながり現地に引き入れた女商人たちの役割を重視する。そこから更にその息子世代が築いた「王国」の実像を推察する。
本書は西洋中心主義的な語りを解体していく「啓蒙主義の脱植民地化」の試みの一つである。従来の研究でも北米植民地の先住民と西洋人との出会いがロックやモンテスキューの政治思想に影響を与えたことは知られている。だが、本書の魅力はそうした手堅い研究ではできない推理小説めいた分析にある。それにより、文書を自分では残さなかった元海賊と女商人、その子どもたちの世界が「啓蒙主義の最初の政治的実験」として描き出される。その解釈は想像の域を出ないが、それゆえに異彩を放つ。
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David Graeber 1961~2020。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授。著書に『負債論』『ブルシット・ジョブ』など。