いま中東で起きていることは、なぜ百年前の戦争から始まっているのか?
記事:白水社
記事:白水社
歴史に関する書物を読むことは純粋に楽しい。私個人としては、著者が焦点を当てる時代に何が起こったのかを把握できること、そしてその時代の出来事が現在にどのようにつながっているのかを検討することがその楽しさの源泉である。また、歴史書の場合、誰がどのような視点で歴史を書くのかという「まなざし」が重要となる。20世紀の多くの研究は明らかに欧米の「まなざし」から理解・解釈されたものが多かった。しかし、近年は非欧米の「まなざし」から執筆される研究や歴史書もだいぶ増えてきた。
本書『オスマン帝国の崩壊』は、第一次世界大戦時のオスマン帝国の様相について、トルコ人やアラブ人の視点から網羅的に描かれている。「訳者あとがき」でも述べられているように、本書を一読すると元「オスマン帝国」世界が発揚する重層的ダイナミズムを理解することができる。大部なので読破するのに多少骨が折れるが、19世紀から縮小を始めたとはいえ、イランを除く現代中東のほぼすべての版図を支配していたオスマン帝国だけあり、さまざまな戦線での攻防は読み応え十分である。戦線はロシア戦線、チャナッカレ(ガリポリ)戦線、イラク戦線、パレスチナ戦線に大別できるが、ロシア戦線ではいわゆる「アルメニア虐殺」の問題、イラクとパレスチナ戦線ではメッカの太守フサイン主導のアラブの反乱、さらにその裏で暗躍する英仏など、重要なトピックが散りばめられている。また、トルコの現代研究を専門とする立場から次の点も強調しておきたい。以前は、オスマン帝国末期とトルコ共和国の間に大きな断絶があるという認識が研究者の間でも自明であった。しかし、近年では本書が扱っているオスマン帝国の末期は、現代トルコ史、つまりトルコ共和国史のまぎれもないプレリュードであると理解されている(*)。言い換えれば、本書はオスマン帝国に興味を持つ人だけではなく、トルコ共和国に興味を持つ人にとっても必読書なのである。(*)小笠原弘幸(編)『トルコ共和国 国民の創成とその変容――アタテュルクとエルドアンのはざまで』九州大学出版会、2019年
研究分野と個人的な経験を踏まえて、私が本書で印象に残った点をいくつか紹介しておこう。読者の皆さんの参考になれば幸いである。まず、一般的に欧米に焦点を当てて第一次世界大戦を論じた著作ではあまり触れられてこなかった、オスマン帝国のスルタンによるジハード(ムスリムにとっての聖戦)をめぐる相克である。オスマン帝国はスルタン・カリフ制を敷いており、スルタンは、イスラーム共同体の長であるカリフの役割も兼ねていた。第一次世界大戦開始後、スルタン・メフメト5世が全世界のムスリムに対してジハードのファトワー(宗教裁定)を発し、オスマン帝国の参戦に加勢するように命じたが、このファトワーの正統性が各地で問われたこと、そして協商国側が思いのほか、ジハードの発令に脅威認識を抱いていたことがとくに興味深い。ジハードに関しては、「イスラーム国」が発令したことで物議を醸したので、記憶に新しい方も多いのではないか。
二つ目は、オーストラリアとニュージーランドの連合軍、アンザックについてである。アンザックも日本では高校の世界史で触れる程度である。しかし、トルコでアンザックはオスマン帝国の第一次大戦のハイライトの一つ、ガリポリの戦いの相手としてよく知られている。また、私はオーストラリアにも学会発表で何度か足を運んだことがあるが、パースやアデレードの空港でガリポリの戦いについての書籍がいまだに数多く並んでるのを目にした。もちろん、オーストラリアで陳列されていたのは、アンザックから見たガリポリの戦いである。オーストラリアとニュージーランドにとって、二度の大戦ハイライトは、ガリポリおよびパレスチナでの戦いだったと言っても過言ではないだろう。
三つ目は、直前でも触れたが、トルコ人、そして世界がムスタファ・ケマルを知るきっかけとなったガリポリの戦いである。アンカラのアタテュルク廟(びょう)の地下にある博物館では、ガリポリの戦いが最も目立つかたちで展示されている。その後の独立戦争と並び、トルコ人がその勝利を誇りとしている戦争である。
四つ目は、瀕死(ひんし)の病人と言われ、結果的に敗戦国となり、崩壊への道をたどるオスマン帝国であるが、ローガンも指摘しているように、第一次世界大戦では予想以上に戦えていた点である。欧米にとって、オスマン帝国はけっして与しやすい相手ではなかった。
五つ目は、帝国のマイノリティとしてのアルメニア人とギリシャ人の処遇の違いである。ギリシャ人は住民交換するギリシャという国があったが、アルメニア人は国家を持たない民族だったことが悲劇につながったと指摘されている。アルメニア人の国家樹立の夢は冷戦後に成就するが、多くのマイノリティが独立国家を志向する理由をあらためて考えさせられる点である。
大戦について扱った書物なので当然のことだが、多くの死傷の場面があり、少し憂鬱になるときもある。そうしたなかで、ほっとさせられたのは、オスマン帝国軍の兵士とアンザックの兵士の敵味方関係ない、助け合いが少なからず存在したことであった。
私が本書を一読して痛感したのは、オスマン帝国はその末期でもポール・ケネディが『大国の興亡』で指摘した過剰拡大の状態であり、広すぎる版図を十分に管理できていなかったことである。それにもかかわらず、「青年トルコ人」の指導者たちがさらなる領土獲得をめざしたのは皮肉であった。加えて、「青年トルコ人」の指導者たちは一様に自分たちの理想と楽観主義バイアスに支配されており、現状を冷静に分析できていなかった。ここがムスタファ・ケマルと「青年トルコ人」指導者の大きな違いだろう。このように本書は、第一次世界大戦、オスマン帝国の崩壊、現代トルコ、現代中東のみならず、国際政治における大国の衰退、とくに指導者の誤った政策決定を理解するうえでも有益である。
今井宏平(ジェトロ・アジア経済研究所)
【『オスマン帝国の崩壊──中東における第一次世界大戦』(ユージン・ローガン著、白須英子訳)解説より】