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建国100年のトルコの歴史を首都アンカラから探る!——『トルコ100年の歴史を歩く』を読む

記事:平凡社

トルコの首都、アンカラの街並み
トルコの首都、アンカラの街並み

『トルコ100年の歴史を歩く 首都アンカラでたどる近代国家への道』(今井宏平著・平凡社)
『トルコ100年の歴史を歩く 首都アンカラでたどる近代国家への道』(今井宏平著・平凡社)

トルコの首都はイスタンブールではなく、「アンカラ」

 トルコといえば、何を思い浮かべるだろうか。壮麗な装飾が印象的なモスク、香ばしい薫りがたまらないケバブ、長く伸びるのが不思議なトルコアイス、そしてどこか懐かしさを感じさせるトルコの伝統菓子、バクラヴァなどだろうか。バクラヴァはここ最近ちょっとしたブームになっているらしく、東京都内の専門店が話題になっている。またトルコ建国の父であるムスタファ・ケマル・アタテュルク(以下ケマル)の名を挙げる人もいるだろう。もしくは現在大統領を務めるエルドアン氏が思い浮かぶかもしれない。そしてトルコは日本と同じように「地震大国」であることも知られているだろう。ここ四半世紀だけでもマグニチュード6以上の地震が7回も起きており、2023年2月6日の大地震は記憶に新しい。日本から自衛隊や消防隊、日本赤十字社の医療チームなどが現地に赴き、行方不明者の捜索や救援活動を行った。

 それでは、そのトルコの首都はどこか、と聞かれると答えに窮する人は少なくない。観光都市として有名なイスタンブールではなく、国の中央部に位置するアンカラこそが首都である。1920年にオスマン帝国からの独立を目指すケマルがアンカラで大国民会議を開き、その後首都機能を置いてからずっとこの地がトルコの政治・経済の中心地なのである。

 そのアンカラは25の地区にわかれている。イメージとしては、大阪市や札幌市などの区割に近い。25の地区の中でとりわけ重要なのが、人口が集中しているチャンカヤ、アルトゥンダー、イェニマハッレだ。2023年春に行われた大統領選挙・議会選挙でもこれらの地区における投票動向が注目された。アンカラの中心部は世俗主義を信奉する人が多いが、郊外は保守的な人々が圧倒的多数を占めている。そのため、イスラームを重視し、トルコ人としてのナショナリズムを強調するエルドアン氏を支持する層は郊外に多く、大統領選挙でエルドアン氏の対抗馬であった野党連合の候補、クルチダルオール氏は中心部で支持された。大統領選挙は接戦となり、エルドアン氏が大統領に再選したが、国家が分断しつつあることを如実に示す結果となった。アンカラはトルコの首都であるとともに、トルコの世相が現れる都市でもあるのだ。

アンカラは25の区から成る
アンカラは25の区から成る

一地方都市から国家の首都へ

 アンカラの都市としての歴史は古く、先史時代までさかのぼることができる。アンカラを含めたアナトリアはヒッタイト文明が栄えた歴史があり、紀元前8世紀にはアンギラと呼ばれていたが、フリギア人の町として栄えた。その後はローマ帝国の統治下に入り、アンゴラという名称になり、東ローマ帝国時代には主に軍事拠点としての機能を持っていた。しかし、14世紀半ばにオスマン帝国に占領された後は大きな発展を遂げることはなかった。

 再びこの地が歴史の舞台に出てきたのは1919年のこと。祖国解放戦争を戦うケマルがイスタンブールに代わる中心地をアンゴラに定めたのだった。1923年に首都となってからは、ウルスというエリアを中心にして開発が進み、1930年に現在のアンカラという名称になった。その後は大国民議会(TBMM)や各省庁が次々と建てられ、政治の街となった。そのウルスにはケマルの業績を称え、彼の銅像や碑が多く建てられた。街が栄えるとともに鉄道や道路、新興住宅や大学などが新設された。

 人が集まるようになると、通りには多くのメイハーネ(居酒屋)がひしめくようになり、また、カフェも社交場として多くの人で賑わうようになる。バックギャモンに興じる人、トルココーヒーを飲んで一服する人など、メイハーネやカフェは現在も多くの市民の憩いの場となっている。近年はハンバーガーやカフェブームが席捲しており、中心エリアだけでなく、新興のショッピングモールなどにも店舗が進出している。若い人々を中心に新たな飲食の流れが起こり、それがトルコのさらなる活力になっているのかもしれない。

若い世代でブームになっていることからここ最近アンカラで増えているハンバーガー店
若い世代でブームになっていることからここ最近アンカラで増えているハンバーガー店

トルココーヒーは古くから有名だが近年はチェーンのトルココーヒー店も増えている
トルココーヒーは古くから有名だが近年はチェーンのトルココーヒー店も増えている

トルコのパワーの源泉は若者にあり!?

 他のトルコの都市同様、アンカラも年々人口が増加しており、一番栄えているチャンカヤ地区に集中し、約94万人が住んでいる(2022年の調査)。トルコでは若い世代、なかでも15歳から24歳未満の人口が多い。トルコ統計局の調べによれば、若い世代が全人口に占める割合は15.2%で、約1300万人におよぶ。この割合は調査内容が判明している1935年頃からあまり変わっておらず、激しい増減はみられないが、裏を返せば常に若者人口が多いということである。日本をはじめ、先進国では少子高齢化がもはや当たり前の現象であり、何か新しく建物ができるとすれば高齢者向けの施設であることが多い。しかし、トルコは逆で老人ホームはまだ少ない。逆に新しい建物ができるとなれば、新興住宅やショッピングモールである場合が多い。そして大学の新設も盛んである。アンカラには現在、10の国立大学、14の私立大学、合計24の大学があるが、そのうち12校はここ15年の間に設立されているのだ。

アンカラの大学の設立年と主な特徴
アンカラの大学の設立年と主な特徴

 しかし、トルコも経済発展をするにしたがい、今後は他の先進国と同様に、若い世代の人口は緩やかに減少に転じると予想され、2080年には11.1%までになると言われている。とはいえ、現在でもEU加盟国および加盟交渉国の中でもトルコが圧倒的に若者人口で優位な状況にある。

1946年に設立されたアンカラ大学の言語・歴史学部の施設の一部
1946年に設立されたアンカラ大学の言語・歴史学部の施設の一部

1984年に設立され、「私学の雄」と称されているビルケント大学の野外音楽堂オデオン
1984年に設立され、「私学の雄」と称されているビルケント大学の野外音楽堂オデオン

エキメックアラス・ドネル(左)とドゥルム・ドネル(右)
エキメックアラス・ドネル(左)とドゥルム・ドネル(右)

1986年に完成したコジャテペ・モスク。イスタンブールと比べてアンカラには比較的新しいモスクが多い
1986年に完成したコジャテペ・モスク。イスタンブールと比べてアンカラには比較的新しいモスクが多い

アンカラを歩けばトルコ100年の歩みがわかる

 本書の著者、今井宏平氏は2022年夏からアンカラで研究活動を行っている。また今井氏は2006年から2011年にかけ、アンカラのビルケント大学および中東工科大に留学しており、アンカラへの思い入れが強かった。とはいえ、今井氏がアンカラに赴任するのでアンカラについての本をお願いしたわけではなかった。本書の企画の柱はトルコ100周年であった。その話を持ち込んだところ、トルコの100年の歩みを振り返る際、国全体でまとめるのではなく、首都アンカラに絞ってまとめたほうがトルコの歴史、特に政治・経済の歩みをより肌で感じられるのではないかという逆提案を頂いた。さらに現地で写真もたくさん撮影できるのでそうした写真も多く入れた本にしたいという要望も受けた。だが編集サイドからすると、正直言ってアンカラの知名度などから、首都を中心にしてトルコの100年の歩みをまとめるのにはやや不安があった。

 だが編集が進むにつれてその不安は次第に消えていった。例えば、著者の専門であるトルコの現代政治についてまとめられた章(第3~第5章)では、一見するとどこにでもあるような交差点や駅などが写真とともに紹介されているのであるが、そこではかつてテロやクーデターが起きたことが述べられる。もし現地に行ったとしても素通りしてしまいそうな省庁や各政党本部なども紹介されており、それらがトルコの歩みを象徴しているのだということがわかれば、アンカラという街はまさにトルコの政治・経済発展の歩みの象徴であり、歴史であるのだと実感できる。

 コロナ禍を経て、現地を訪れなくともバーチャルな空間で世界中を旅することができるようになった。そんなとき、レストランやオシャレなお店の口コミだけではなく、研究者や専門家が著した一歩も二歩も踏み込んだ指南書があるとより一層、その国や地域への理解が深まる。いつの日か本書を携えてアンカラに行き、ケマルの廟を訪れ、政党の建物を仰ぎ見、チャイを飲みながらカフェでゆっくりとしたい、そう思いながらこの本の編集を無事に終えたのだった。

本書の目次(一部抜粋)

第1章 西洋化とイスラームのはざまで
首都の構成と人口の変遷、圧倒的な人気を誇るムスタファ・ケマル、西洋化に基づく国家建設の理想と現実、クルド・ナショナリズムなど
第2章 郊外都市への変貌
都市化と住宅問題、トルコの中でも地震が少ない、都市化と飲食業、車の普及と充実したバス網など
第3章 つわものどもが夢の跡
政治家たちの足跡を追って、第二代大統領イスメト・イノニュと「ピンク邸宅」など
第4章 デモ・クーデター・テロの記憶
行政の中心地=政変の中心、アンカラの中心地、クズライでのデモなど
第5章 外交と政策決定の中心地
トルコの地政学的特徴、地政学的特徴に即した外交、外交機関としての外務省と移民局など

(構成 平凡社・平井瑛子)

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