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「中国脅威論」か「中華民族は平和を熱愛する」か? ──小野寺史郎『中国の戦争観』より

記事:筑摩書房

北京の軍事パレードで登場した対艦弾道ミサイル「DF21D」
北京の軍事パレードで登場した対艦弾道ミサイル「DF21D」

 中華人民共和国は1990年代以後急速な経済成長を遂げると同時に、その武装力である中国人民解放軍の近代化と強化を図ってきた。2024年の時点で、中国は国防予算でアメリカ(8420億ドル)に次ぐ世界第2位(公式発表で1兆6655億元≒2343億ドル。実態はこれをさらに上回る)、総兵力で世界第1位(203万5000人。ほかに国内の治安維持を主任務とする人民武装警察が50万人)の軍事大国となっている。

 1970年代以降、中国は東シナ海や南シナ海の島嶼に対し、軍事力も用いた実効支配地域の拡大を図ってきた。特に2010年代以降は、尖閣諸島やスプラトリー(南沙)諸島をめぐって、日本、ベトナムやフィリピンとの間に緊張が高まった。

 また台湾は中国の一部であるという「一つの中国」の立場を崩さず、「台湾独立」の主張に対しては軍事・非軍事双方の手段を用いた威嚇も繰り返している。2025年9月3日の「中国人民抗日戦争および反ファシズム戦争勝利80周年」など、特に重視する記念日には首都北京で大規模な軍事パレードが行われ、最新の兵器や軍事技術を国内外に誇示している。

 こうした現在の中国の動きは、国外、ことに近隣の諸地域からは力による現状変更の試みとして、強い警戒感をもたれている。いわゆる「中国脅威論」である。

 ただ、中国側の自己認識は異なる。たとえば中国共産党総書記習近平は就任後比較的早い2014年の演説で次のように述べている。

中華民族の血液には、他人を侵略し、世界に覇を称えるという遺伝子は存在せず、中国人民は「国が強ければ必ず覇を称える」というロジックを受け入れず、世界各国の人民と良好な関係を築き、調和のとれた発展を遂げ、共に平和を求め、共に平和を守り、共に平和を享受することを願う。(習近平「在中国国際友好大会曁中国人民対外友好協会成立60周年紀念活動上的講話」2014年5月15日)

 単なるその場限りの自己正当化と言ってしまえばそれまでなのだが、ことはそう簡単ではない。遺伝子云々といった疑似科学的な表現はさておき、現在の中国の人々の多くはこうした「中華民族」の自己イメージを実際に共有している(松田康博「中国の戦略文化試論」)。「中華民族酷愛和平」(中華民族は平和を熱愛する)という表現は、中国研究者であれば必ず知っているし、研究者でなくとも何らかの形で中国に関わった際に、見たり聞いたりしたことがあるという方もあるのではないだろうか。

 「自国は平和を愛する(のだが、他国が侵略して来るので仕方なく軍備をしているのだ)」という主張自体は、多くの国々に共通する、極めてありふれたものである。たとえば戦前の日本が「平和」と「自衛」を掲げて次々と戦線を拡大していったことを想起すればよいだろう(一ノ瀬俊也『〈国防〉の日本近現代史』)。

 ただそれにしても、中国側の自己認識と、外部からの認識のギャップは大きい。そしてそのことは、相互の理解や、中国の行動をめぐる冷静な議論を妨げる要因の一つとなっているようにさえ思われる。

 では、このような中国の「平和を愛する」という自己認識は、どのようにして生まれたのだろうか。そしてそれが、時に外部からは中国が持つ巨大な軍事力と矛盾するようにも映るにもかかわらず、中国内部では広く受け入れられているのはなぜなのだろうか。

 本書はこの問いを一つの足がかりに、歴史上、特に近代以来の中国社会において、戦争や軍隊、そして平和というものがどのように位置づけられ、議論されてきたのかを明らかにする。

 ただ、このテーマは関連する分野があまりに広く、論点も多岐にわたる。そのため、近年の研究でこの問題に関して特に注目されているいくつかの論点を、議論の補助線として提示しておきたい。

 具体的には、近代中国の各時期の、①軍隊のあり方と社会との関係、②軍隊と「男性性(男らしさ)」の関係、③国際社会に普遍的価値はありうるか否かについての認識、といった論点がそれである。また、近代中国の経験が特殊なものなのか、それとも相対的に普遍的なものなのかを検討するため、可能な範囲で日本や他の国や地域との比較も試みたい。

 一見して理解しがたいものとも見える中国の戦争や平和に対する考え方が、どのような歴史的な経緯の中で作り上げられてきたのか。そこに特徴があるとすればどのようなものなのか。本書の検討が、中国という巨大でわかりにくいものの論理を理解するために、いくばくかの手がかりを提供することができれば幸いである。

小野寺史郎『中国の戦争観──アヘン戦争から軍事大国化まで』(ちくま新書)
小野寺史郎『中国の戦争観──アヘン戦争から軍事大国化まで』(ちくま新書)

『中国の戦争観──アヘン戦争から軍事大国化まで』目次

はじめに──「中華民族は平和を熱愛する」?

第一章 伝統中国との連続と断絶──清末
1 伝統中国の軍隊と社会
2 十九世紀の危機
3 清の近代化の試み
4 「尚武」の流行

第二章 「軍閥」の時代──中華民国北京政府期
1 革命戦争と新国家の模索
2 北京政府期の戦争論と平和論

第三章 政党国家体制と「党軍」──中華民国南京国民政府期
1 国民革命の展開
2 南京国民政府の軍事政策
3 日中戦争とその影響

第四章 東西冷戦と中ソ対立の下──毛沢東時代の中国
1 東西冷戦と中国の軍事
2 中ソ対立と先鋭化する中国

第五章 現代世界のなかの中国──改革開放から大国化へ
1 改革開放と中国の変容
2 中国の大国化とナショナリズムの問題

おわりに
あとがき
関連年表
参考文献

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