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「台湾、あるいは孤立無援の島の思想」書評 弱さを強さへ 読書・街頭が源に

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2021年03月20日
台湾、あるいは孤立無援の島の思想 民主主義とナショナリズムのディレンマを越えて 著者:呉叡人 出版社:みすず書房 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784622089742
発売⽇: 2021/01/20
サイズ: 20cm/452p

台湾、あるいは孤立無援の島の思想 民主主義とナショナリズムのディレンマを越えて [著]呉叡人

 もしも米国から買い続ける安い牛肉にも、軍事同盟の強い縛りにも、東京政府の沖縄と東北への上から目線にもうんざりだと思うならば、呉叡人の清冽(せいれつ)な思想が台湾から流れる黒潮のように心に効くだろう。
 もしも中国が香港から民主主義を奪った過程にも、軍事大国化による圧力にも恐怖を感じるならば、大国の粗暴を虚(むな)しくするような呉叡人の繊細な言葉遣いが心に沁(し)みるだろう。
 二〇一四年三月に学生たちが議会を占拠した「ひまわり学生運動」に関心を持つ読者は、その理論的柱がこの政治学者であったことを知っておいたほうがよい。本書所収の彼の政治論文もビラも詩も、満遍なく熱量が込められている。
 読後も頭から消え去らない論点を、ここでは二つだけ記しておきたい。
 第一に、台湾と琉球の同盟締結の提案である。台湾は日米軍事同盟にも中国の圧力にも加わらず、永世中立を目指し、琉球民族の自決を支持すべきだ、と言う。この覚悟の意味を頭ではなく足のすくみとともに理解できる日本列島の住民はどれほどいるだろうか。今日の香港は明日の台湾。軍事制圧の悪夢にうなされる台湾の知識人が、外交と文化と正義で大国に立ち向かおうとする姿に触れ、思想を表明した者に冷笑を浴びせ、傍観を冷静さと履き違える日本の知識人のぬるさを感じずにはいられない。日本が戦場にならぬ保証はどこにもないのだ。
 第二に、台湾の弱さを強さに変える呉叡人の論理構成力である。台湾はずっと日本や清などの帝国のはざまで自立を妨げられてきた。そんな「賤民(パーリア)」だからこそ窮境に追い込まれて学んできた美徳と技術により、不公正な世界と対峙(たいじ)できると彼は言う。
 彼の大胆な思想を鍛え上げたのは、読書と街頭である。ルソーもカントもヘーゲルも丸山眞男も大江健三郎も噛(か)み砕く咀嚼(そしゃく)力と街頭のリアリズムが、繊細なまま人に届く言葉を支える。
    ◇
Wu Rwei-ren 1962年、台湾生まれ。台湾の中央研究院台湾史研究所副研究員。シカゴ大政治学博士。