境界を、絶えざる変容への「経由地」へ TISSUE Inc. 代表 安東嵩史 (編集者リレーエッセイ第18回)
記事:じんぶん堂企画室
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「人文書の編集者です」と名乗るようなものではない。もちろん、本は常に作っている。だが直近の仕事は先頃リニューアル移転した長岡戦災資料館(新潟県長岡市)の常設展示の総合設計であり、つまり本以外のものも作っている。美術やパフォーマンス作品のドラマトゥルクやリサーチャー、大学教員などもする。はたから見たら「何をしているかわからない人」だろう。
ただ、ベースにし続けているのははっきりと「境界」のことである。
それには大学時代を過ごした神戸の影響が大きい。学校に近いと世界が狭くなると思い、やや離れた港湾地区の近くに住んだ。近代日本の重工業の拠点だったため朝鮮半島や奄美ルーツ、ベトナム戦争やその後の混乱を逃れてきた人びとがおり、被差別部落や日雇い労働者の集積・排除の歴史もある(現在はジェントリフィケーションも目立つ)。リニアな右肩上がりの神話として語られる時代の基層となったその存在を日本社会は忘却しようとしてきたが、街場で言葉や盃を交わす彼らは、確かに同じ地平に生きている。否応なしに己に流れ込む歴史を背負った、「在日」とか「難民」のような記号ではなく固有の顔も名前もある人びとと出会い、戦後復興・高度成長というマスター・ナラティブの外に、底に、流れる無数の水脈があると知ったことが、モノカルチャーな土地で生まれ育った私の目を開かせてくれた。
研究もその影響を受けた。近代写真の研究をしようと入ったゼミでその成立に大きく影響した近代都市計画の思想に興味をもち、そこから明治以降に日本を出て行った(そして忘却された)移民たちが作り出してきた文化やその展開に興味を持ち、やがてアメリカ・メキシコの国境地帯の文化事象を調べるようになり、そして当時から現在まで、空いた時期もあるが20年以上沖縄に通っている。
都市も国境も社会も、人間の活動はすべて、誰かが権力の可視化あるいは行使の形として引いた境界線に満ちている。その線は引いたものの優位を補強し、同時にその力学にそぐわないものを疎外する。その構造と、疎外の帰結として現れるアイデンティティへの問いや寂しさが生み出す文化的な事象のことを私は主に考えてきたと言える。
そんな私が近年の本づくりにおいて考えているのは、「リニアに読ませる」ことからいかに自由になれるかだ。一般的には本筋から離れた要素ほどページや予算の都合で捨象されるし、残った要素も情報伝達上の効率から著者や編集者の意図通りに整理され、その結果としての目次に読者も起承転結や論の展開をあらかじめ見出す。もちろんこうしたお約束は情報共有の重要な前提だし、何を選び、どう読ませるかの手際も編集者の大事な仕事だが、それは一方で受け手の思考を誘導する線形な権力の表れにもなり得る。それゆえ、ときに著者の意図を逸脱してでもできるだけ読者の寄り道を設定することでそのリニアさを曖昧にするような作り方を、このところ模索している。
沖縄の日本「復帰」50年の節目である2022年に音楽家・宮沢和史氏と作った『沖縄のことを聞かせてください』でも、そういう作り方をした。
沖縄戦の鎮魂歌として名曲「島唄」を書いた経緯を含む30年の関わりについて宮沢氏が綴るパートが主部だが、内地の著名人が沖縄を語るだけの本になっては最悪なので、20代から90代まで、さまざまな形で沖縄を生きる10人との対談を収録し、沖縄戦後史の多声性と向き合う中で著者自身が更新されていく過程をも包含することを目指した。同時に、文中に出てくる言葉に関連して約600の註釈を執筆し、それを沖縄近現代史の研究者たちに最新研究を踏まえ監修してもらった。著者の言葉だけを追いたいなら余計な情報かもしれないし、分量的にも「註だけで一冊分だ」と呆れられたが、宮沢氏を大きな間口として入ってきた読者のうち一人でも、註をきっかけに本文から逸れて土地の歴史に迷い込み、それぞれの「沖縄」を更新してもらえればと考えた。
実は、この時まで長らく、行って調べはするものの、安易に沖縄で仕事をするべきではないと思っていた。ぼんやりした興味で初めて行った学生のころ地元の老人に「勝手に興味を持つな!」と怒られ(まったく正しい)、また一面的な表象が溢れる沖縄ブームに辟易もしており、そうではないものを作るにはまだ時が満ちていないと思っていたためだ。慎みとも言えるが、単にそれ以上先に踏み込んでまた怒られるのが怖かったとも言える。誰に? 土地への解像度が上がる中でかえって生成された幻想のウチナーンチュ像に、だろうか。ある一定の地点から踏み込まないことで安全地帯に安住しながら、自分も記号化の線を引いていたのかもしれない。
だが、自分でも予期しなかったことだが、この本の註をつけているうち「これは沖縄の写真家がしていた話」「これは西表島の海辺で貝殻をくれたおばさんに聞いた話」など、トピックに数多の個人の顔が紐づきはじめた。東京で頭を動かしたり数字の算段をしている時間ではなく、土地に体を運んで人と出会った時間や、情報としては片づけられない風景の記憶が本を作らせているのだ。ならば、己の身体の延長としてこの土地の本をきちんと作るのが筋というものかもしれない——そんな気持ちにようやくなったのだった。
『沖縄のこと〜』を見たノンフィクション作家・藤井誠二氏から相談を受け編者として参加した『ソウル・サーチン 「沖縄」を描き続ける男・新里堅進作品選集および評伝』もまた、同じ原理で作っている。80年の人生でほとんど沖縄を出ることなく、沖縄戦をはじめ沖縄の歴史文化を執拗と言っていいほどの執念で描き続けてきた漫画家・新里堅進氏の絶版作品からの抜粋掲載と、そんな新里氏の人生から沖縄戦後史の一断面を紐解こうとする藤井氏のこれまた執拗な評伝を交互に挟みつつ、私は全編にやはり執拗な註釈を設け、ほぼ散逸して記録も残っていない約半世紀分の仕事リストをまとめ、解題を執筆した。具体的な個人を念頭に「あの人みたいな人がこれを読んだとき、自分もまた戦後沖縄という時間の流れの中にいるのだと思ってもらえるように残しておこう」と盛り込んだ要素も多数ある。最終的には912ページという分厚い本になったが、新里堅進という破格の作家の生きてきた戦後沖縄という時間の中に流れ込み、そしてそこからまた副流として流れ出す読者それぞれの「沖縄」への入り口を用意できたのではないかと思う。
いずれもヤマトゥンチュが内地の出版社から出す本である。内容的にも当たり障りのないものではない。大いに緊張感を持って世に問うたが、結果的に高い評価をいただき、二作とも版を重ねた。そればかりか、自ら引いていた線を一歩向こう側に動かすことで、長らく自ら外部化していたものが風景の一部くらいにはなったと言えようか、単に線の向こう側にいた時とはまた違う景色が広がった。やがて摩擦もあるかもしれないが、それもまた生成変化のうちである。
冒頭で境界線が補強と疎外を生むと書いたが、本当はそれだけではない。境界は永遠に互いをただ隔てるものではなく、実はその線上では絶えざる相互関係によって常にミクロの変容が起こっている。例えば日本のニュースでは完全に厳しく閉ざされているかのように見えるアメリカ・メキシコの国境地帯にいると、厳しい出入国管理の一方で「牛乳はこっち側の方が質がいい」とメキシコ側から買いに来る人がいたり、アメリカ側からメキシコ側の歯科医にかかりに行く人がいたりして日常的な越境が行われる場面に遭遇する。国家権力が引いた線は、そこでは部分的にではあるがミクロの生活の中に溶解する。そういった個別の事情や身体の動きの総体の中で、大きな力が画定しているように見える物事が、少しずつ変容していくこともあるかもしれない。エッジ・エンドではなく、その先の変化への「経由地」として、さらにはともに生きるための緩衝地帯を構想する手掛かりとしての境界。それを考え続けたい。
そんな考えの表れの一つとして、ここ10年ばかりは翻訳書作りがおもしろい。トピックそのものの興味深さもさることながら言語的な、あるいは文化的な境界から、言い方を変えれば圧倒的な他者の圏域から、何かしらこちら側に染み出してくる「人間的なるもの」を日本語、すなわち自分たちの身体の延長である言語の仕方で抽出する作業というところが気に入っている。
前職の版元在籍時から、独立後も権利を買いつけては版元探しをするなどして翻訳書を作ってきたが、今年から自社刊行も始めることにした。円安のご時世にどうかしていると自分でも思うが、とても楽しみである。現在作っているアートブックのレーベル「TISSUE PAPES」とは別に、今年の後半から「Borderland Books」という新しいレーベルを作って順次刊行していこうと、遅々とした進行で各方面にご迷惑をかけつつ準備している。
第一作はアメリカのブラック・ムスリムの批評家ハニフ・アブドゥルラキブの全米図書賞ノミネート作『踊らなきゃやってられなかった頃』(原題:A Little Devil in America)である。ジョセフィン・ベイカー、「ソウル・トレイン」、あるいはマイケル・ジャクソンやアレサ・フランクリン、さらにエレイン・ブラウンやオクテイヴィア・バトラーのようなパフォーマーではない人まで、アメリカ黒人たちがいかに不条理と不公正だらけの土地で「黒人であること」を「踊って(パフォームして)」きたかを、その意義と問題点も含め、個人的な体験と対比させながら追想していく批評エッセイだ。
多くの非当事者はどこまでも情報としてしか感知することのできない差別を暴力や心身の緊張、死、その時空から逃れようと身をよじるように一心にステップを踏み路上で声を上げることといった身体的な反応の表れとして描く本作を、文筆家・エスノグラファーの榎本空さんと一緒に2年半ほどかけて作ってきた。ハニフの前々作をニューヨークの書店で初めて読み、いつか日本に紹介したいと思ってからは実に7年。まったくもって今日的とは言えないペースだが、その時間の中から染み出し、私たちの見ている風景を少しでも変えうる何かがあるといいと思っている。
暑いうちにはお目にかけられると思うので、ご期待ください。
バトンをお渡しするのは京都を拠点にひとり出版社・夕書房を経営する高松夕佳さんである。アートやパフォーマンスを起点にしつつ、ただその圏域(「業界」と言ってもいい)に安住するのではない社会との回路の見出し方を模索するようなラインナップを送り出しておられ、とても刺激を受ける。京都で運営している文庫喫茶にまだ伺ったことがないので、そのお話なども読んでみたい。