空前の肉食ブーム。だが日本の牛肉は混乱期だと言う。「A5ランク」「赤身肉」「熟成肉」など牛肉を表するキーワードが数々出回る一方で、その意味や実態、味わいとの関連も含めて理解している食べ手は限られる。牛肉の本当を伝えたくて筆をとった。
農畜産物流通コンサルタントであり、農と食のジャーナリスト、カメラマンとしても活躍する。通称「やまけん」。2003年から書いている「やまけんの出張食い倒れ日記」は、食に関心のある人の間で有名な人気ブログだ。
牛肉の世界に深く足を踏み入れたのは、10年ほど前。岩手県北部で飼育される日本短角種と出会ってからだった。機会に恵まれ、1頭の短角牛のオーナーに。「ひつじぐも」というその牛が産んだ子牛を「さち」と名付け、肉牛に育てて出荷。肉として味わい、販売もした。
この体験を描いた第3章では、育てた命を奪うことへの悩みや迷いも率直につづられ、読者も牛が肉になる過程を当事者のように知ることができる。「ずっとくよくよしていたのが、さちの肉を口にした瞬間、目の前がパーッと明るくなって力が湧いてきた。あの感動は忘れない」。今も岩手県と北海道に1頭ずつ母牛を所有している。「僕の牛から生まれた雄が種牛に選ばれ『やまけん1号』と名付けることが、夢ですね」
おいしい牛肉の条件は万国共通ではない。例えばフランスでは霜降り肉は嫌われる。「『おいしい』だけでは一種の思考停止。そこを超えて牛肉を知り、評価できるようにならないと面白くない」。日本の牛肉文化がもっと多様に幅広くなってほしいと願う。黒毛和牛以外の品種、霜降りの度合いと肉の歩留まりによる食肉格付け規格オンリーではない評価法、ステーキ、焼き肉、すき焼きだけでなく、ネックやスネなど不人気部位を上手に生かす食べ方。
「僕は、生産者が一番偉いと思っている。食べ物には価値があり、相応の値段を払うのが当然のこと。コンサルにも書く仕事にも共通する僕の基本スタンスです」
(文・大村美香 写真・倉田貴志)=朝日新聞2018年2月4日
編集部一押し!
- ニュース 芥川賞は「最も過剰な2作」、直木賞「ダントツに高得点」 第172回選考委員の講評から 朝日新聞文化部
-
- インタビュー 村山由佳さん「PRIZE」インタビュー 直木賞を受賞しても、本屋大賞が欲しい。「果てのない承認欲求こそ小説の源」 清繭子
-
- 朝宮運河のホラーワールド渉猟 梨さん×頓花聖太郎さん(株式会社闇)「つねにすでに」インタビュー 「僕らが愛したネットホラーの集大成」 朝宮運河
- えほん新定番 井上荒野さん・田中清代さんの絵本「ひみつのカレーライス」 父の願いが込められた“噓”から生まれたお話 加治佐志津
- 新作映画、もっと楽しむ 映画「雪の花 ―ともに在りて―」主演・松坂桃李さんインタビュー 未知の病に立ち向かう町医者「志を尊敬」 根津香菜子
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 人生いまがラッキーセブン♪「大地の五億年」風に言ってみる 中江有里の「開け!本の扉」 #22 中江有里
- インタビュー 「王将の前でまつてて」刊行記念 川上弘美さん×夏井いつきさん対談「ボヨ~ンと俳句を作って、健康に」 PR by 集英社
- 北方謙三さん「日向景一郎シリーズ」インタビュー 父を斬るために生きる剣士の血塗られた生きざま、鮮やかに PR by 双葉社
- イベント 「今村翔吾×山崎怜奈の言って聞かせて」公開収録に、「ツミデミック」一穂ミチさんが登場! 現代小説×歴史小説 2人の直木賞作家が見たパンデミックとは PR by 光文社
- インタビュー 寺地はるなさん「雫」インタビュー 中学の同級生4人の30年間を書いて見つけた「大人って自由」 PR by NHK出版
- トピック 【直筆サイン入り】待望のシリーズ第2巻「誰が勇者を殺したか 預言の章」好書好日メルマガ読者5名様にプレゼント PR by KADOKAWA
- 結城真一郎さん「難問の多い料理店」インタビュー ゴーストレストランで探偵業、「ひょっとしたら本当にあるかも」 PR by 集英社