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「SHOE DOG 靴にすべてを。」書評 失敗と悔悟のリアリティー

SHOE DOG 靴にすべてを。 [著]フィル・ナイト

 年間3兆円以上の売り上げを誇る世界的なスポーツメーカー「ナイキ」の創業者が、1962年の設立から18年後に株式上場するまでを振り返っている。こう書くと、「ああ、よくある成功物語だね」と思う人も多いだろう。たしかに、日本でも米国でもその手の書籍はあふれかえっている。だが本書はある一点において、類書とは異なる側面を持っている。それは自慢話がほとんど書かれていない、ということだ。
 それどころではない。破産しそうになったり、裁判を起こされたり、揚げ句は法律に抵触しそうなきわどい行為で難局を切り抜けたり、契約先との関係に悩んだり、大量に手紙を送ってくる部下に対していっさい返事を書かずに無視したり。昔話とはいえ、よくもまあ無様なことをありのままに書けるものだと驚かされる。
 本書の基調にあるのは「負け犬」感かもしれない。著者は書く。「私たちの誰もが誤解され、不当に評価され、無視されていた」「上司からは避けられ、運に見放され、社会に拒絶され、見た目や品の良さなどには恵まれなかった」。だから創業メンバーのミーティングの名前はバットフェイス(ダメ男)。しかし負け犬だからこそ、頑張れるんだという信念が本書にはある。
 昨今の日本の出版界には、成功の話ばかりがあふれている。「こうしたら金持ちになれる」「出世できる」と説く自己啓発本。「私はこうして成功した」と経営者本。しかし明文化できる成功法など、本来は存在しない。そんなものがあれば、全員が成功者になっているだろう。
 著者は大成功した世界的経営者で、だからこそ安心して読めるということがあるにしろ、創業初期の苦闘を描いた本書は失敗や悔悟のリアリティーにあふれている。非現実的な成功法や空虚なスローガンではなく、現実的な人生の戦い方を学びたいと思う人たちが、ベストセラーを支えているのではないか。
 佐々木俊尚(ジャーナリスト)
    ◇
 大田黒奉之訳、東洋経済新報社・1944円=5刷15万部 17年11月刊行。著者は38年生まれ。担当編集者は「ピンチの連続が書かれていて、小説みたいという反響がある」。=朝日新聞2017年12月10日掲載