1. HOME
  2. コラム
  3. 売れてる本
  4. 俵万智「生きる言葉」 SNS疲れに回復の魔法を

俵万智「生きる言葉」 SNS疲れに回復の魔法を

 生きる言葉。簡潔にして奥深いタイトルだ。ここには「今の、生きた言葉」という意味と「今を生き抜くための言葉」という意味の両方が込められている。

 互いの背景や文脈が読み取りにくいSNSの時代だからこそ、言葉の重要性は増していると、著者は説く。本書では、自身がSNS上で経験した「炎上」を振り返ったり、いわゆる「クソリプ」について考察したりする。

 しかし、取り上げられるのはトラブルに関する事例ばかりではない。著者は持ち前のポジティブさと探究心で、様々な言葉と向き合う。象徴的なのは、子どもをめぐる章。我が子が初めて発した単語やしりとり遊びなど、子育ての中で出会った言葉の面白さが生き生きと綴(つづ)られる。お母さんに算数を教わりたくない理由を「だって、すぐにドヤ顔をするから」と説明する息子さんには爆笑した(とても他人事とは思えません!)。他にも、Mummy-Dのラップの超絶技巧に、「マルハラ」「界隈(かいわい)」といった流行語に、短歌をめぐるやりとりに、AIに……。言葉ってやっぱりすごい、と目をキラキラさせる著者がいる。SNSとの付き合い方にしても、「いいね」の数だけでは測れないと言ったそばから、バズれば素直に喜ぶ。ああ、万智さんは本当に言葉の光と影の、とりわけ光を見るのに長(た)けているなと再確認して、嬉(うれ)しくなった。

 言わずと知れた歌人・俵万智の現在地。子育てやSNSに疲れ、言葉なんかもう見たくないと思っている人こそ読んでほしい、回復の魔法のような一冊だ。

 ちなみに、本文中にはこんな一節もあった。

 〈書評というのは、読んで震えた自分の心を、精いっぱい言葉で捕らえようとすることだ〉

 一気に背筋が伸びたのは、言うまでもない。

    ◇

 新潮新書・1034円。25年4月刊、5刷4万5千部。「パソコンやスマホで文字メッセージを交わす時代に、言葉の使い方の世代間ギャップに悩む人が増え、それが本書が読まれる背景にあるのでは」と担当者。=朝日新聞2025年6月14日掲載