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「ロックフェスの社会学」書評 自己責任世代の不安に効く祭り

評者: 武田徹 / 朝⽇新聞掲載:2017年01月08日
ロックフェスの社会学 個人化社会における祝祭をめぐって (叢書・現代社会のフロンティア) 著者:永井 純一 出版社:ミネルヴァ書房 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784623078028
発売⽇: 2016/10/31
サイズ: 20cm/231,13p

ロックフェスの社会学―個人化社会における祝祭をめぐって [著]永井純一

 「フェス」と呼ばれる音楽イベントが人気だ。日本でも1997年に始まった「フジロック」以来、多くのフェスが開催されてきた。著者はこのフェスについて参与観察や聞き取りを併用しつつ考察した。
 祭りは共同性を希求する個人がそれを回復する場となる。そう考える従来の祝祭論を超える性格をフェスは備えている。複数のアーティストが複数のステージで演奏するので観客は会場を移動しながら楽しむ。特定の音楽の求心力に基づくファンの共同体は刻々と更新されてゆくし、公演が終われば観客はばらばらに帰途につき、フェス全体の共同性も持続しない。
 こうしたフェスの特性と現代社会の〈接続〉の在り方を著者は論じる。流動性を高めて液状化する現代社会の中ではフェスという祝祭も刹那(せつな)的な共同性しか持ち得ない。だが、その観客はただ受動的に流されるだけでなくフェスの時空間の中での過ごし方を能動的にマネジメントし、終了後もSNSを使って会場で得た人脈を維持するなど、共同性を意志的につなぎとめていると指摘される。
 特に著者が注目するのが日本のフェスがロスジェネ世代に支えられてきた事実だ。着実な人生設計が困難となり、全てに自己責任が求められるようになったロスジェネ世代にとって、フェスに主体的に「参加」した体験は、不確実な条件や人間関係をうまくマネジメントする自己肯定感を育み、複雑な社会を生きてゆくうえでの不安を和らげる。こうして現代社会と「合わせ鏡」の関係を担ったことが日本のフェス隆盛の一因となったと著者は考える。
 博士論文を改稿した書だが、一般の読解に向けて十分に〈開かれた〉内容となっている。本論に収まらず「おわりに」での言及に留(とど)まったが、フェスの形式を採る選挙活動や反原発運動など〈社会のフェス化〉についても、その功罪を検討する議論が本書の後に広く成立するよう期待したい。
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 ながい・じゅんいち 77年生まれ。神戸山手大学専任講師。専門は社会学。共著に『観光メディア論』など。