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「公開性の根源 秘密政治の系譜学」書評 統治の秘密、繰り返される課題

評者: 齋藤純一 / 朝⽇新聞掲載:2018年06月02日
公開性の根源 秘密政治の系譜学 著者:大竹弘二 出版社:太田出版 ジャンル:社会・時事・政治・行政

ISBN: 9784778316006
発売⽇: 2018/04/20
サイズ: 20cm/548,8p

『公開性の根源 秘密政治の系譜学』 大竹弘二〈著〉

 キーワードは「統治の秘密」である。秘密といえば、隠蔽(いんぺい)、改ざん、廃棄といった最近馴染(なじ)みの言葉がすぐに思い浮かぶ。
 本書は、「統治の秘密」の系譜を16~17世紀の「アルカナ=秘密」と呼ばれる統治技術や国家理性論まで遡(さかのぼ)る。取り上げられるのは、思想史の古典的作品に限らず、ドイツ悲劇、オペラ、探偵・スパイ小説、戯曲と多岐にわたる。ライプニッツの官房学者としての側面、カフカの社会保険の実務家としての活動にも光が当てられ、主題をめぐる多彩な掘り下げが本書の魅力である。
 もちろん統治権力には濫用(らんよう)や腐敗の危険がある。主権は立法にあるとしたJ・ボダンは法規範によって統治を制御しようとし、I・カントは「統治の秘密」に対して「公開性」の原理を突きつけた。主権者たる国民が法を介していかに統治を民主的に統制することができるか。この課題は、現代ではJ・ハーバーマスらの著作に再現する。しかし、本書によれば、この課題が繰り返し現れること自体、近代国家には、統治が主権と法に対して優位する一貫した傾向があることを逆に物語っている。
 法は自分で自分を実現することはできない。しかし、法を実現すべき統治は法を超え出てしまう。他方、私たちは、税や社会保険の負担、保育サービスの供給に不満を抱くことはあっても、法そのものに関心をもつことはごく稀(まれ)である。カフカが描いたように、法は見えないところに姿を消している。そして、統治は統治で、かなりの程度、市場の権力に仕えている。
 では、行政に対する立法の優位を回復し、民主的統制を再度確立すればこうした事態に対処できるのか。著者は最終章で統治に回収されない政治の探求へと向かうが、公開性を愚弄(ぐろう)するかのような今日の「アルカナ」を放置できるかはまた別の問題である。統治の制御という歴史的課題にいまどう応えられるだろうか。
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 おおたけ・こうじ 74年生まれ。南山大学准教授(現代ドイツ政治理論)。著書に『正戦と内戦』など。