原稿の締切(しめきり)が月に5本以上あった頃、テレビを点(つ)けると、鵜飼(うかい)の映像が飛び込んできました。首に縄をつけられて、魚を取ってこいと川にもぐらされる鵜を見ていると、なんだか今の自分のようだなと虚(むな)しくなりました。鵜船が出版社で、鵜匠が編集者で、鵜が作家……。今日は具合が悪いのだと言っても、鵜の言葉は伝わらない。遊んでいたわけじゃない。サボっていたわけでもない。仕事の依頼をいただけるのはありがたいと、自分で引き受けたことに首を絞められているだけ。果たして、今夜中に1本終わるのだろうか。たとえ終わったとしても、数日後には、また別の締切が控えている。
鵜ちゃん、お互い、がんばろう……。
それから数年後となった、先日、岐阜県の長良川で鵜飼を見ることになりました。鵜飼には1300年の歴史があり、長良川の鵜匠は「宮内庁式部職鵜匠」に任命されています。船に乗り、絶品の鮎(あゆ)の塩焼きや雑炊をいただいた後、鵜匠の方から、鵜飼についての説明を受けました。一匹飲み込んでは吐き出さされる、と思っていたのですが、そうではありません。首縄を調整して、複数匹飲み込んだうち、胃に入るものと喉(のど)に残るものを分けているそうです。つまり、鵜は食事をしながら、仕事をしているということで、首縄も鵜のその日の体調によって調整されるのだとか。今風に言うと鵜匠と鵜は「ウィンウィンの関係」です。
日が落ちて、鵜飼が始まると、篝火(かがりび)に照らされる中、鵜たちは意気揚々と泳ぎ進んでいました。自分が鮎を一番取ってやるんだ! キリリとした目はそんなふうに、はりきっているように見えます。崇高な表情は鵜飼が終わり、船縁(ふなべり)に立ってカゴに入れてもらうのを待っている間も変わりませんでした。堂々とした立ち姿に、アッパレと拍手を送りたい気分になると同時に、弱音を吐く自分をあなた方に重ねてゴメンナサイという気分にもなりました。自分の職業に誇りを持ち、態度で示す。それがプロなのだと、鵜に教えられた初夏の夜でした。=朝日新聞2018年7月2日掲載
編集部一押し!
- インタビュー 「尾上右近 華麗なる花道」インタビュー カレーと歌舞伎、懐が深いところが似ている 中村さやか
-
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13 中江有里
-
- コラム 三浦しをんさんエッセー集「しんがりで寝ています」 可笑しくも愛しい「日常」伝える 好書好日編集部
- 働きざかりの君たちへ 乃木坂46から心理カウンセラーに 中元日芽香さん「自分自身が後悔ない選択を」 五月女菜穂
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- 韓国文学 ソルレダ「わたしの中の黒い感情」 ネガティブな感情から自分を解き放つ案内書 好書好日編集部
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社