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海辺の恩返し 湊かなえ

 宮古島に行ってきました。前回訪れたのは大学3年生の夏休みで、友人と2人、キャンプをしながら自転車で沖縄の島々を周って以来です。

 夕方、リゾートホテルにチェックインすると、缶チューハイとつまみを買ってビーチに出ました。そのまま海沿いを約10分歩き、懐かしい場所に到着しました。当時、キャンプをしていた地元の海水浴場エリアです。あまり変わっていないな、と、うれしく思いながら、白い砂浜の、夕日をまっすぐ眺められる位置に座って、缶を開けると、あっというまに脳内タイムスリップです。

 海水浴場の近くには漁港があったのですが、ある時、地元の漁師のおじさんが「きみらは何をやっているんだ」と私たちのテントまでやってきました。昼食にコンビーフとモロヘイヤ炒めを作っていたので「一緒にどうですか?」と、ごちそうしたところ、その日の夕方、おじさんはマブユ(テングハギ)という大きな魚を持ってきて、半身を刺身に、半身を煮つけにしてくれました。

 それのおいしかったこと! 対等な交換でないことを申し訳なく思っていると、まったく気にしなくていい、と、おじさんは笑って言ってくれました。自然溢(あふ)れる場所に住むおじさんは、若い頃、無性に人ごみに紛れたくなることがあると、九州などに野球観戦に行き、そこで知り合った年上の人にごちそうになっていたらしく、そのお礼なのだ、と。

 サイン会で地方を周る理由の中には、若い頃に旅先で受けた恩を返したい、という思いもあります。そういったことを、宮古島でのサイン会用のチラシに、おじさんの名字も出して書いたところ、宮古島ではめずらしい名字だったらしく、後日、書店の店長さんが多分この人ではないかというお客さまに連絡を取ってくださり、ご本人だということがわかりました。リタイアされた身であるということで、直接お会いすることはできませんが、喜んでくださっていたとお聞きし、私も幸せな気持ちになりました。=朝日新聞2022年11月30日掲載