1. HOME
  2. コラム
  3. 違和感を社会化しようとする等身大のことば 「ナナメの夕暮れ」「地球星人」まとめてレビュー

違和感を社会化しようとする等身大のことば 「ナナメの夕暮れ」「地球星人」まとめてレビュー

文:イシハラサクラ

 小学生の背負うランドセルが重すぎるので重量に配慮するように――。そんな通達が文部科学省から出されたというニュースを感慨深く読んだ。かつて私が中学生だった時、あまりにもカバンが重いのでふと体重計に載せてみたら11㎏あったこと、そのことを国語の作文で書いて置き勉を認めるよう訴えたこと、などの記憶が鮮やかによみがえった。めったに開かない副教材をただ運搬しつづけるのは無駄なことなのでは……? という問題提起は当時は誰の目にも留まらなかったけれど、やっぱりおかしかったよね、と長い時間を経て報われた気持ちになったのだ。

 個人の中にある違和感をことばにするというのは、それを社会化しようとする試みだ。自分の中にある違和感が他者から実体として認められ、他者の共感を得ることは救いになる。しかしそこに安住することは関係を固着させ、あらたな問題を生み出す。思考の反復を怠らずにつねに柔軟であることが多様性の時代には求められていると思うのだけれど、以下の2冊には著者のきわだった感受性があらわれていて、時代に求められるべくして書かれたように感じる。違和感を等身大のことばの力で立体化し、社会に根ざす問題として読者に提示する、その見せ方にそれぞれの妙があった。

 お笑いコンビ、オードリーの若林正恭によるエッセイ『ナナメの夕暮れ』(文藝春秋)のひとり語りの文体には独特のテンポがある。よどみなく流れるというよりはぽつぽつと途切れる感じがあり、考えながら話しているという会話っぽさに親しみが湧く。

 著者のはじめての違和感は幼稚園から始まった。なんだか、セーターがチクチクするように感じる。少年は素肌にセーターが触れるのが我慢できない。丸首の部分を引っ張って当たらないようにすると、母親に伸びるからやめるようにと叱られた。周りのみんなはセーターを着て走り回っている。「なんでみんなはチクチクしないのだろう?」

 本書は「ナナメ」=斜に構えること、を卒業し自分を肯定できるようになったというスタンスで書かれているが、それは社会を対象化した態度でもある。理不尽がまかりとおる社会(たとえばそれは「先輩」からの的外れな批判だったりする)を「クソ社会」と呼んで非難しつつ、「肯定ノート」(楽しいと思ったことを書き込んで「生きてて全然楽しくない地獄」を抜け出すためのノート)を作って自他を認めようとする生き方は、頑固なようにみえてとてもしなやかだ。あとがきの「黒いフードの男」の部分には慈愛すら感じて、読んで泣きそうになった。

 前者が日常という地平にあり続けようとしているのに対し、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香の新作『地球星人』(新潮社)はもはや宇宙の視点から世界を眺めるという大胆な構図になっている。過去作から引き続く性役割や社会規範といったテーマを繊細な筆致で描きながら、ラストはSF的なインパクトのあるシーンで終わる。強い印象を残す作品だ。

 話は主人公が小学5年生だった時から始まる。主人公の奈月は幼少期から家庭内で疎外感を自覚している。奈月は情緒不安定な母と姉から虐待を受けているが、そのことを冷静に俯瞰する一方で自分は魔法少女だと考えてもいて、ポハピピンポボピア星からやってきたピュートから「消える魔法」を習っている。

 ピュートはただのぬいぐるみで、「消える魔法」はただ息を潜めて気配を消すだけのことだ、ということを「私」はわかっているが、精神的な逃げ場を求める彼女にとってのわずかな救いなのだ。もうひとつの救いは年に1度しか会えないいとこの恋人、由宇。由宇とは後にある事件を起こすことになる。

 そんな彼女はひとつの確信を持っている。それは、人間が「人間を作る工場」=「人間の巣」で作られて出荷されていくという真実だ。

私の子宮はこの工場の部品で、やはり同じように部品である誰かの精巣と連結して、子供を製造するのだ。オスもメスも、この工場の部品を身体の中にかくして、巣の中を蠢いている。(p37)

 通っていた塾の先生との事件によって心身に変調をきたした彼女は、大人になり生殖を避けた契約つきの結婚生活を送る。夫ともども世間の目から逃れようとするが、次第に追い込まれ、衝撃的な結末を迎える。

 インパクトのあるラストは明るい未来の象徴か、それとも「地球星人」への絶望の表現か。人の心の機微を丁寧に描くことに定評のある著者が選んだ意外な結末は、社会規範とは破壊的な力なくしては取り崩せないあまりにも強固なものだという諦念のように私には読めた。

 以上の2冊は読みやすいのも良い点だと思う。さりげない表現のなかに響くことばがちりばめられて何度も読み返したくなる作品だ。