審査関係者のセクハラ・スキャンダルにより発表が見送られたノーベル文学賞に代わり、今年かぎりの賞として設立されたニューアカデミー文学賞をカリブ海グアドループの作家、マリーズ・コンデが受賞した。
時空間のダイナミックな広がりを特徴とする小説を中心に多くの著作を持ち、フランス語圏で広く読まれている作家である。何度か来日もしており、魔女裁判にかけられた実在の奴隷女性の生涯を虚構化した『わたしはティチューバ』、奴隷の子孫の年代記『生命の樹』など複数の邦訳がある。
グアドループは17世紀にフランスの植民地となり、アフリカから連行した奴隷たちの労働により砂糖などの生産が行われていた島だ。コンデはこの島の黒人家庭に生まれ、1950年代に本国へ渡った。パリでの学生時代、カリブ出身の詩人エメ・セゼールが提唱した新しい世界観、ネグリチュードに触れ、その影響から自分の起源を求めてアフリカへと旅立つ。独立直後で混乱していたギニアなどで10年以上を過ごし、この時期抱いた文化的違和感を小説化して作家デビューを果たす。
カリブ、仏、アフリカ・・・・・・培った広い視野
カリブ、フランス、アフリカと海を越え生きてきたコンデが次に向かった先はニューヨークだった。筆者がコンデと出会ったのは当時作家が教えていたコロンビア大のキャンパスだ。写真で知る顔に気づき声をかけると、通りすがりの外国人の私を心安く研究室に招き入れ、ゼミにまで参加させてくれた。その後作品を次々読むうち、異文化の複雑な交差のなかで生きてきたこの作家の視界の広さや自由さに魅(ひ)かれる気持ちが強くなり、気づけば研究対象としていたのである。
大学退職後はパリに拠点を移し、作家活動を継続。「奴隷制の記憶委員会」委員長として当時のシラク大統領に働きかけ、2006年、カリブの人々念願の「奴隷制廃止記念日」制定も実現させた。80を超え病で手足が不自由になった近年は、南フランスのゴルドに暮らす。引退かと思われたが、翻訳者でもある夫リチャード・フィルコックスの口述筆記により、昨年長編小説『イヴァンとイヴァナの数奇で悲しい運命』(邦訳は未刊)を発表、読者を驚かせた。パリ近郊で起きたテロ事件を題材とし、自分に尊厳を持てずイスラム原理主義に走るカリブ移民の若者の悲劇を描いた力作だ。
同じノーベル賞候補として注目されながら距離を取ろうとする村上春樹と対照的に、コンデは賞について問われるたび「受賞できたらうれしい」と前向きな関心を示しており、今回の代替賞で最終候補に残った時もその態度は変わらなかった。受賞後、各紙からのインタビューでは、喜びとともに「自分の支えになってきたグアドループの人々にこれを捧げたい」と何度も強調した。故郷の島から長く離れて生きてきた作家の特別な思いが感じられる。
祝福のメールを送ると、すぐさまフィルコックス氏代筆による長い返事が送られてきた。そこには日本の読者への感謝に続き、1998年、初来日時に朗読会をした折の聴衆の印象が、昨日あったことのように詳細に記されていた。その身をどこに置いていても、遠い時間、遠い場所を一瞬にして我がもとへと呼び寄せる作家の魔術は健在だった。=朝日新聞2018年10月31日掲載