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謎につつまれた明治の花鳥画家、日本初の作品集 「小原古邨の小宇宙(ミクロコスモス)」

文:谷口絵美、写真:斉藤順子

ありのままの自然の中にすっと入っていける作品

――小原古邨の作品を展覧会で初めて見て、「なぜこんなに魅力的な作品やその作者が今まで知られていなかったの!?」と、本当に驚きました。海外ではコレクターもいるほど知名度も高いそうですね。

 国内でも全く知られていなかったわけではないのですが、古邨の版画はもともと明治時代に海外向けのお土産品ともいわれていたもので、国内にまとまったコレクションが確認されていませんでした。それが数年前、実業家の原安三郎の浮世絵コレクションの中から、300枚近くの古邨作品が見つかったんです。この本で紹介しているのはその一部です。国内にある作品自体の少なさゆえに、あまり注目されることなく、今日まで来てしまった人でした。

――原コレクションの中に古邨の版画を見つけて、最初にどのような印象を受けましたか。

 まず、版画としての状態が非常に良く、摺りや彫りの繊細さ、緻密さに驚かされました。あとは画題がすごくシンプルで、日本人にとって身近なものだということ。花と鳥の組み合わせに、季節の移り変わりをとらえた自然現象が細やかに表現されています。

 不思議なのが、古邨の作品は画家としての個性みたいなものが前面に出てこないんですね。普通は何かうんちくとか、意図的なものがあって作品を描いたりするものですが、古邨は見た人がありのままの自然の中にすっと入っていける感覚があります。もちろん実際は、古邨の目で見た自然の一コマであり、古邨が取捨選択した生き物や季節のストーリーが描かれているのですが、そうした意図を感じさせないところが特徴だと思います。作品の中に入ってその光景を見ているような感覚にさせてくれるという点では、歌川広重の作品とすごく似ていますね。

小池満紀子さん
小池満紀子さん

実は木版画の技術が発達した明治時代

――本の中では雨や雪の描写がクローズアップされていて、木版画の多彩な表現にも触れることができます。

 雨ひとつとっても、非常に細い線が使われていたり、胡粉が使われていたり。「空(から)摺り」と言って、絵の具をのせずに版木を押し当てて背景に雨の筋だけをつけることで、夜雨がしとしと降る情景になっていたりもします。摺師の感覚で絵の具をぼかす「あてなしぼかし」という技法からは、雨の強弱も伝わってくる。古邨の雨の表現はただものではないと思いました。

 浮世絵の歴史からいうと、明治は日清、日露戦争を題材としたものをピークに浮世絵版画はほとんど制作されなくなりました。その後、大正新版画という新しい潮流が出てきたことで、研究対象としては割とスルーされていた時代なんですね。でも実は、明治の後期は木版画の彫り、摺りの技法が高度に発達したと言われています。

 国内では明治になると銅版画や石版画、写真製版など新しい技術が次々に入ってきて、時間もコストもかかる木版画は脇に追いやられた。半面、海外ではジャポニスムの影響もあり、浮世絵の需要が高まっていました。その際、日本には古い浮世絵が残っておらず、復刻しないと売る商品がないということで技術力が向上したんです。

 また、古美術の研究誌として有名な『國華』が創刊され、木版画による精巧な口絵が制作されたことでも、江戸時代から培われた技術が受け継がれ、さらに高められました。古邨の作品には、こうした伝統的な木版画の技術が生かされているんです。古邨作品がこれだけ大量に見つかったことで、これから明治の木版画の研究が広がる可能性は大きいと思います。

「雨中の五位鷺」。拡大写真で細部を味わえるのも本書の魅力
「雨中の五位鷺」。拡大写真で細部を味わえるのも本書の魅力

取材時、特別に原コレクションの古邨作品の現物を間近で見せてもらった。光を当てると、絵を立体的に浮かび上がらせる繊細な摺りの技法が分かる
取材時、特別に原コレクションの古邨作品の現物を間近で見せてもらった。光を当てると、絵を立体的に浮かび上がらせる繊細な摺りの技法が分かる

自分の心象風景と重なり合う一枚に出合ってほしい

――本書では、絵の解説はわずかにとどめて、作品世界に寄り添うように歌が挿入されています。「雀子らひとつ去りひとつ来たり粟欲(ほ)ると今朝も来てをりあたり窺ひ」「背もたれに頭もたせてカナリヤの囀りを聴く書閉じしまま」――。どれも、描かれた情景への想像が広がる歌ですね。

 最初に出版社の方からは解説を書いてほしいと言われたのですが、正直言って古邨の作品は見れば何を描いてあるか分かるし、説明することは蛇足に過ぎないんじゃないかと思ったんです。そして、浮世絵の伝統的な花鳥画というのは、広重もそうですが、狂歌や漢詩が絵の中に書かれている。それらに負けず劣らず詩情をたたえているのが古邨の作品だと思ったので、この本を通じて絵の余韻みたいなものをお伝えできたらいいなと思いました。

 そこで、これは全くの私のわがままなのですが、大学で指導を受けた恩師の湯山厚先生の歌を添えました。湯山先生は道徳教育が専門で昨年他界されたのですが、経歴が非常にユニーク。小学校教諭で、児童演劇の脚本も書かれて、起業家でもあった。息子さんによると、若いころは鳥の研究家になりたかったくらい、鳥がお好きだったそうです。私も晩年までご自宅に遊びに伺ったりしていたのですが、小田原の山里で、自然と一緒になって暮らしていました。

 無名の歌人の歌を載せることを出版社の方がよくぞ許してくださったと思います。でもこれ、いいでしょう?(笑) 私の母はこの本を見て「湯山先生はこの絵をご存じだったの?」と。それくらい、歌の世界と作品の世界が合っているんです。

『小原古邨の小宇宙』(青月社)より
『小原古邨の小宇宙』(青月社)より

――古邨のまなざしは身近な自然や生き物に向けられていて、見る人にも作品に対する愛着や親しみを感じさせます。

 自然から学ぶことというのは、教室にいて知識として学ぶことよりも、はるかに大切なことがあるのではないかと思うんです。古邨の作品を見ていると、私自身も、子どもと散歩しながら「あれ、何の鳥だろうね」「何の花が咲いているだろうね」「きれいだね」と話すような時間を持ちたいなと思えてきました。絵から感じたことが、自分の生活の中に還元されるのが魅力じゃないでしょうか。解説がどうこうよりも、見ていてどれか一枚、自分の心象風景と重なり合う絵に出合えるほうが、ずっと幸せな気持ちになれます。

 古邨は経歴もほとんど分からないし、当時の批評も残っていません。自分の作品について語った言葉も見つかっていません。絵師、彫師、摺師の共同作業の中で生まれる浮世絵版画において、職人に徹した人。でも個性が前面に出る人ではないからこそ、見るものを懐の中に入れてしまえるものがにじみでているのかな……そんな風にも考えています。

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