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「中国はここにある 貧しき人々のむれ」書評 荒廃する農村 奥底の感情描く

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2018年12月01日
中国はここにある 貧しき人々のむれ 著者:梁 鴻 出版社:みすず書房 ジャンル:アジアの小説・文学

ISBN: 9784622087212
発売⽇: 2018/09/26
サイズ: 20cm/304p

中国はここにある 貧しき人々のむれ [著]梁鴻

 中国の女性研究者が自らが育った河南省の農村を訪ねて、その実態を正直に描いたノンフィクション。
 著者は、時代変革の波に巻き込まれてとまどい、混乱し、方向性を見いだせない人々の姿を通して現代中国の庶民の実像を示している。出稼ぎによって崩壊する家庭や夫婦関係、祖父母に養育される孫たちの生活破壊、その根はどの国にも見られる農村共同体の変革の様である。
 もともと河南省は文化の中心地であったが、今や中国経済の後進地域で、出稼ぎ労働者の送り出し先として知られる。著者は20歳まで育った村(村名は架空)に十数年を経て入る。
 今なおこの村に住む父親や兄、姉妹、古老らの話をはじめ、模範少年の老女強姦事件への驚き、廃校となった小学校の元教師の「現実がすっかり壊れた」との述懐、少女時代の親友の愚痴に耳を傾けながら、彼女が純粋さを保ちつつも社会性をもっていないと気づく自らの感性などが語られていく。
 その語り口に独特の響きがあり、庶民の生活力の逞しさが浮かび上がる。同時に、中国の農村社会がもつ人間の地肌が「資本」主体の工業社会に屈服するのか、あるいはそれを超える次代のモラルを作りうるかといった関心と結びつく。
 著者は次第に「震撼すべき荒廃ぶりであるとはいえ、村全体からある種の温かさ、自在さも感じることができる」と気づく。時間やスピードとは無縁な社会、危機感や焦慮感のない社会なのである。当初は悲傷、苦痛、やるせなさの伴った農村の没落を予想していたが、それが徐々に否定されていく。そして最後には、「私は新しい詩を作るために無理に憂いているような気がする」と書くに至る。
 最終章、母親の墓を訪ねたときの自らの心理にふれ、中国の農村共同体に根を下ろす「民族の奥底にある感情」を実感する。そして実は知識人の思考に問題があるのではと問うている。
    ◇
 リアン・ホン 1973年生まれ。中国人民大学文学院教授。本書で人民文学賞などを受賞。著書に『出梁庄記』など。