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「モーツァルトのムクドリ 天才を支えたさえずり」書評 驚きに満ちた共生からの飛翔

評者: 寺尾紗穂 / 朝⽇新聞掲載:2018年12月08日
モーツァルトのムクドリ 天才を支えたさえずり 著者:ライアンダ・リン・ハウプト 出版社:青土社 ジャンル:動物学

ISBN: 9784791771066
発売⽇: 2018/09/21
サイズ: 19cm/286p

モーツァルトのムクドリ 天才を支えたさえずり [著]ライアンダ・リン・ハウプト

 米国在住のネイチャーライターによるエッセイだが、描かれるのは一つのユニークな実験だ。著者はモーツァルトと彼が飼っていたムクドリの関係を知るために、捕獲したムクドリと暮らすのである。米国では東京のカラスのように駆除され、嫌われているというムクドリとの共生は、しかし驚きに満ちていた。人の呼びかけ、電子レンジの音、猫の鳴き声、床がきしむ音。ムクドリはインコのように聞いた音を再現し、相手によって使い分ける高い能力を持っていた。
 ピアノ協奏曲第17番ト長調はペットのムクドリの歌を聞いてモーツァルトが作り上げた、という俗説がある。彼はこの鳥の死に際して丁重に埋葬し、追悼文を残しているのだ。しかし、実は曲の完成後にムクドリが購入されているという事実を経由し、推理は進む。
 単なる推理エッセイであったらここまで面白くはなかったかもしれないが、筆者の筆はムクドリを起点にして、鳥の飛翔のように思いがけない曲線を描く。言語学者のチョムスキーが、ムクドリの鳴き声を分析したゲントナーの研究を「言語にはなんらかかわりがない」と即座に否定したことについて、進歩的知識人の間にも「人間と人間の能力はとにかく宇宙の中心でありつづけるべし、という考えが根強く残っている」と皮肉をこめて紹介したかと思えば、鳥が異性を引きつけるとか、危険を知らせる以外にも、「ただ楽しいから」歌う可能性を否定できないという、わくわくするような鳥類学者の見解も示される。
 マーマレーションといわれるムクドリの群れの旋回についての文章はとりわけ美しく、いつの間にか人間と鳥、そして生き物との間に線引きされてきた境界が溶けていくかのようだ。
 著者はまるで、短いさえずりのように記す。「変化した耳を澄まして、聞こえたとおりに歌う」。人と生き物との調和をまなざす自由な感性が光る一冊だ。
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 Lyanda Lynn Haupt 米シアトル在住のナチュラリスト。都市部の鳥をテーマに複数の著作がある。