大学を出て3年半、スポーツ紙の記者をしていた。高校野球の取材で、エースや4番バッターよりも、ベンチに入れず背番号もなくスタンドで応援している選手たちにひかれた。「地道に頑張っている人を小説の形で描きたい」と思い、作家になることを決めた。
「日本人のいない所で自分をリセットしたい」と考え、1カ月後に知人の紹介でアフリカ・タンザニアの大学に留学。スワヒリ語を学ぶ日々だったが、過酷な体験もした。水道管が破裂した時は泥水を飲んだ。マラリアに2回かかり、死にかけた。「生きることに執着が生まれ、何でもできるような気がしました」と振り返る。
約1年後に帰国。作家としての道を歩み始めるのとほぼ同時に、看護師にもなった。アフリカでの体験で医療の大切さを知ったからだ。今も京都の脳外科クリニックに勤めている。「交通事故に遭い、その後、何十年もつらい思いで生きている人がいます。理不尽さを感じます。そんな患者さんの思い、ご家族の気持ちに寄り添うことが、私自身の成長にもなる。私の大切な居場所です」
看護師としての思いが『海とジイ』には投影されている。自身の最期を見据える男性の生き方と覚悟を描いた3編の物語が収録されているが、こんなくだりが出てくる。「長年看護師をしてきた私は、うまく説明できないが、人の背中に『命が終わる影』を見ることがある」「これまで何人もの人を看取(みと)ってきた。慣れ親しんだ患者が亡くなると、自分の居場所をひとつ失ったような気持ちになった」
作品を書く際は、舞台となる場所で取材する。今回も瀬戸内の島に、2年間で4回行った。「イノシシが岡山から泳いでやってくるという話を聞き、盛り込んだ。現場に行かないと、こんなことは分からない」
いつも意識しているのは「再生」というテーマ。「人は強くないので、弱音を吐いたり心が折れたりします。でも、そのときにどう生きて、扉を開いていくか。それを描きたい」。読んだ人の心に希望のようなものが灯(とも)れば、作家になった意味があると思っている。
(文・西秀治 写真・池永牧子)=朝日新聞2018年12月22日掲載
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