人はいくつもの人格を相手に合わせて選びとって生きている
――「裏アカウント」をテーマにしようというアイデアはどこから生まれたのですか?
ここ最近、インターネットの世界が“地上”と“地下”にわかれているなと感じていて……。私もツイッターで「はあちゅう」としての表のアカウントの他に、情報収集用として「はあちゅう」というアイデンティティを出していない別アカウントを持っているのですが、同じツイッターというプラットフォームを見ているのにも関わらず、流れてくる情報や出会う人たちって全く違うんです。指ひとつでアカウントを切り替えられるので、“地上”と“地下”の行き来ってすごく簡単。でも、“地上”と“地下”では見え方が全然違う。それが面白くもあり、怖くもあり、色んな感情を抱きながらツイッターを見ていたので、そういうツイッターの二面性みたいなものをテーマにしたいなと思っていました。
――「はあちゅう」というアイデンティティを隠したアカウントにはどんな人たちがやってくるんでしょう?
今回の「仮想人生」に出てくる人妻と同じように、「セックスレスの人妻です」ってプロフィールを書いて誰でもDMを送れるようにしていたことがあるんですけど、メインの私のアカウントに対してバッシングしてくる人や表では政治批判やまともな人間的なことをつぶやいている人がナンパしてくるんです。「女」というアイデンティティだけで寄ってくるアカウントがびっくりするくらいありました。
――メインの登場人物である、ユカこと「人妻の美香」の描写にはその時の経験も反映されているんですか?
けっこう反映されています。「仮想人生」の登場人物たちのモデルになった人は何人もいますね。実際に私は裏アカウントで今までに何人もの人たちと会っているんです。裏アカウントで連絡してくる人って、どういう意図でいろんな人に会っているのか聞きたくて。
――はあちゅうさんだってバレないですか?
最終的にはバレるんですけど、最初は普通に人妻だと思って性的な対象として見ていて、口説いてきます。あと、「旦那の金で生きていて暇つぶししている女」という風に、私のことをちょっと下に見ていますね。でも、ある日、私がはあちゅうだって知った瞬間に態度がコロッと変わるんですよ。
例えば、大学生だと、こっちを暇な人妻だと思っているうちはけっこう横柄な態度で、俺はこんなに色んな女とヤっているとか、外資系のいい企業に内定しているとか、自慢気に色々話して、会話の中に「お前なんて世の中的価値はない」っていう感じを忍ばせているんです。それが、私の表のアイデンティティを知った瞬間に変わって、まず敬語になって、なついたり、媚びてきたりする。同じ人ではないくらいに変わるんですよね。
人っていうのは、いくつもの人格を持っていて、相手に合わせて選びとって生きているんだなって感じました。これは多分、現実世界でもそうなんですけど、SNSっていう自分のアイデンティティの出し方が選べるようなものだとさらに強調されることだと思います。
ネットの世界にも光の部分はある
――この小説で「ネトナン」「ストナン」「犬」などのナンパ用語を初めて知りました。かなり詳しくナンパ師たちの世界が描かれているように感じたのですが、実際にナンパ師の人にもお会いしたんですか?
私は裏アカウントでナンパ師の人たちをたくさんフォローして、彼らの交流もツイッター上で見ていましたし、ナンパ師の人と会って話を聞くこともありました。でも、実際に会ってみると、ツイッターとのギャップが激しい。「俺は何人とヤった」とか「顔刺し(顔だけで女の子がなびくことを指すナンパ用語)で女がついてくる」「ナンパ術で何千人もフォロワーがいる」っていうツイッター上の人格に、私も惑わされているんだなと思いました。
でも、ツイッターなどのネット上の人格は虚勢だってことは私もわかっているので、この人も怯えながら生きている人なんだと、ちょっと親近感を感じる部分もあります。ネットと現実世界を行き来することによって自分を保っているんだなって思いました。現実の自分に納得していないから、ツイッターで理想の自分を演じて何とか理想に追いつこうとしているところとか、私がはあちゅうだって身バレした後の対応とか、人間らしいし、かわいい。こちらが勝手に怖そうだと思っている裏アカウントの人たちにもそれぞれの人生があって、ちょっと分かり合えるところもあるんだなと思いましたね。だから、ネットの怖い部分だけじゃなくて、それに救われる人やそこにある思いがけない出会い、人と人との絆などの光の部分を今回は書いてみたかったんです。
――本作のPR方法の一つとして、登場人物全員の裏アカウントを実際に作って小説の世界とリンクするようなツイートがされていて面白いです。さすがネットの世界に精通しているはあちゅうさんだなと思ったのですが、わりと最初からそういう仕掛けをしていこうと考えていたのですか?
いえ。私も最初は幻冬舎さんがやっているのかなって思っていたんですけど、これはオンラインサロンメンバーの方々がやってくれているんです。私もアカウントを作ってやれたらいいなとは思っていましたが、登場人物全員分のアカウント作ってつぶやくってけっこうな労力。だから、まあいいかなと思っていたら、本を読み終えたオンラインサロンメンバーが率先してやってくれてて。
――これもネットの光の部分ですね。自然にそういう流れになっていたとは、すごいです。
中の人が一人ずついて、ちゃんとそれぞれの登場人物になりきってつぶやいてくれています。面白いのが、「人妻の美香」役や「ねね」役をやっている子のところには、本当に小説の中のように「会いましょう」っていうDMが来るんですって。だから、小説と同じように「顔写真を送ってください」と返信しているそうです(笑)
はあちゅうが小説を書く理由
――私はどちらかというとSNSが苦手であまり活用できてないのですが、はあちゅうさんが発信し続けている原動力は何なんでしょう? 炎上などもあるし、大変なことの方が多いんじゃないかと思うのですが……。
世の中に対して絶望することってあると思うんですけど、発信することが私にとって一番身近な“変える”手段なんです。ちょっとでも自分にとって生きやすい世界や思想をSNSで伝えることで、そうかもしれないと考えてくれる人が増えるかもしれない。あと、私は仕事っていうのは、自分の生きやすい世界に向かって進んでいくことだと思っているので、発信も仕事の一つかなと思ってやっています。
――SNSやブログなど色々な形で発信をする中で、小説を書くのはなぜですか?
私はずっと小説家に憧れていて、小さい頃からの夢が成仏できていないって気持ちがあるんですね。自分への挑戦として小説を書いていかなくちゃいけないっていう気持ちがあって、毎回書くのが苦しいんですよ。でも、やっぱり自分の中でできなかったことを克服していくこと、夢を叶えるという意味で意地みたいなものがあるんだと思います。
あと、最近思ったことなんですけど、個人でインターネットで稼ぐ人ってまだまだ新しいビジネスでうさんくさいって言われがちなんですね。虚構みたいなものを売っているって思われがちな自分だから、何か実直に積み重ねていくものや、ネットじゃない部分でも評価されないといけないなと思っていて、ネット以外で私を知ってくれる人を増やしていきたいんです。
――過去作の「通りすがりのあなた」や「婚活っていうこの無理ゲーよ」も、登場人物たちには「こういう人っているんだろうな」と思わせるリアリティがあります。毎回、小説を書くにあたってはリアルな取材を重ねて書くというスタイルなんでしょうか?
私は、私の生活の半径5メートルからネタを見つけてくることが多くて、自分の身近でこんな面白いことがあったとか、こんなひどいことを言われたとか、そういうことを小説に登場させたいんですね。今後も自分の中から見える世界をテーマに扱うことが多いと思います。
以前、評論家の宇野常寛さんに言われて納得したのが「はあちゅうさんは自分が体験したことを再構築して人に伝えるのが好きなんだね」ということ。確かに全部自分が体験したことを色んな形で表現したいっていう気持ちがあるんだと思います。その一つが小説なんですよね。SNSやブログではあちゅうとして発信していると、全てはあちゅうが思っていることだと捉えられちゃうんですけど、小説だと登場人物のアイデンティティを借りて伝えられるので、いくつもの考え方を出すこともできるし、自分が持っていない考え方や人生も登場させることができるので、より深みをもって読者の方に再体験してもらえるのかなと思います。
――今後、書いてみたいテーマは?
ここ最近、女性が抑圧されているようなメッセージを感じることが多くて、それに対しては日々SNSでもリアクションはしているんですけど、小説の形にもしていきたいなと思っています。
次はものすごく自由な女の子、浮気という概念がないくらい自分の意思で自由に恋愛をする人を描きたいですね。昔から奔放な女性は貞操観念に反しているという考えが日本には根強くありますけど、自分の意思でセックスを楽しむ人がいてもいいんじゃないか、恋愛っていうものは社会の枠組みの中で考えるよりももっと自由でいいんじゃないかという気持ちが自分にはあるので、それを物語にして伝えてみたいです。
女性たちに対して、「もっと自由でいい。嫌なことは嫌って言っていいし、自分の生き方は自分で選んでいいんだよ」って伝えたい。それを体現している女性、次の時代を生きる女性像を自分なりに書けたらいいなと思います。