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米澤穂信「本と鍵の季節」書評 高二男子二人の謎解き会話劇

評者: サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2019年02月09日
本と鍵の季節 著者:米澤穂信 出版社:集英社 ジャンル:小説

ISBN: 9784087711738
発売⽇: 2018/12/14
サイズ: 四六判ソフト/304ページ

本と鍵の季節 [著]米澤穂信

「俺、堀川次郎とこの松倉詩門は高校二年で図書委員。今年、当番で図書館で一緒に過ごしている」
「別に、特別仲良くはない」
「強調する必要ないだろ?普段は本を書架に返したり入荷本にラベルを貼ったり地味な仕事ばかり」
「堀川、毎度ご苦労さん」
「松倉もやれよ。でも、俺たちは、ある日、女性の先輩に家の金庫の番号を探り当ててくれって頼まれた。以前、二人で江戸川乱歩の短編の暗号を解読したことを覚えていたんだ」
「堀川はその先輩に好意を抱いていたので安請け合いしやがったんだ」
「それを言うな松倉。確かに最初はそうだったが」
「興味本位で引き受けたら、まずい展開になった」
「そういう、事件までいかないけどちょっとした謎に首をつっこんだ俺たちのことがこの本に書かれた」
「堀川、どこで俺たちの会話を盗聴していたのか、米澤穂信先生が一番の謎だ」
「盗聴というな。創造主だ」
「俺たちがやっていることは推理でも何でもない。目の前で起こっていることを観察し考察して導かれる、単なる論理的帰結だろ」
「松倉もそう思っていたか。考えてみたら、謎は毎日そのへんに転がっている。けど、多くの人はそれに気づかないだけなのかもな」
「俺たちにはシャーロック・ホームズにおけるワトスンや、金田一耕助シリーズにおける加藤武みたいな〈普通の推理〉をする人はいない。もちろん、俺も堀川も名探偵でもない」
「たしかにな。俺たちは見たこと聞いたこと、調べた事実、これを整理して提示するだけ。天才的な閃きはない。だから読者は一緒に考えながら読んで欲しい」
「いや、これはミステリーの皮をかぶった俺とお前の物語だ。俺たちのプライベートなことも暴かれてるんだぞ。読者は課金して読め」
「本を買ってください、と言え」
 こんな二人の会話劇。行間から、悲哀とユーモアと謎と友情を味わう至福。
    ◇
 よねざわ・ほのぶ 1978年生まれ。『氷菓』で角川学園小説大賞奨励賞。『満願』で山本周五郎賞。