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「ほとほと」書評 美しく哀れな世界作る人の情

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年03月09日
ほとほと 歳時記ものがたり 著者:高樹 のぶ子 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:小説

ISBN: 9784620108384
発売⽇: 2019/02/08
サイズ: 20cm/275p

ほとほと 歳時記ものがたり [著]高樹のぶ子

 初めて訪れた町で、夢で亡父と歩いた道とそっくりな光景に出くわして茫然としたことがある。言葉にはできなくても、亡き人々にまつわる夢と現(うつつ)のあわいのような出来事は日常のそこここに潜んでいて、ふっと顔を出すことも……。
 そんな不思議のカケラを著者は両手でやさしく掬いとって、ときにしんみりと、ときに妖しく、ときにユーモアをまじえて、巧みな話術と豊かな想像力を駆使しながら語り聞かせてくれる。
 「世にあり得ない不思議なこと、あり得ないはずだが確かにある、それを見せてくれるのは人の情だろう。人の情は理不尽なだけに、美しく哀れな世界を作りだしてくれもする」
 死んだ祖母との約束を忘れずに浜辺で人魚玉を探す孫娘。「あったよおばあちゃん!」「信じてくれてありがとう」。娘は人魚玉をポケットへ仕舞い、それから思い直して浜辺の小石の中へ置いて帰る。「信じさえすれば、いつでも人魚玉は見つかるし、もしポケットに入れて持って帰っても、疑ったとたん、人魚玉はただの小石になってしまう」ことを娘は知っているからだ。これは「エイプリルフール」という一篇。
 もうひとつ「虫時雨」を。老女は毎年、月の夜、ひそかに家を出て土手の斜面の草むらへ上る。家族は徘徊だと思っているがそうではない。冒険だ。虫たちに遭いにゆくのだ。虫に姿を変えた亡き人々に……。
 「ようやくウシオイ虫が口を動かしたとき、月がカタリと落ちた」
 夫婦が姉妹が家族が友人が、叶わなかった夢や忘れがたい人々と遭遇する物語は、秋出水、鳴神月、月の舟、小町忌、寒苦鳥、ほとほとも……そう、歳時記の季語から生みだされた。
 私は歳時記が大好きで、しょっちゅう眺めているのだが、本書を読んだあとは季語が立ち上がって語りかけてくるような気がした。日本に暮らしてよかったとしみじみ思える本である。
    ◇
 たかぎ・のぶこ 1946年生まれ。作家。『透光の樹』で谷崎潤一郎賞。「トモスイ」で川端康成文学賞。