今年1月、約1年半ぶりに6巻が出たシリーズが始まったのは、2014年冬。通常約4カ月ごとに新刊を出すライトノベル業界にあって、このペースは珍しい。次第に厚みを増すことになる物語は、こうして幕を開ける。
東洋では鬼、西洋では悪魔と呼ばれた存在の正体は、異次元からやってくる「殺戮因果連鎖憑依体(さつりくいんがれんさひょういたい)」だった。それは人間に乗り移り、宿主を殺人へと駆り立てる。やっかいなことに、凶行を止めるべく宿主を殺害しても、殺した人間へとすぐさま乗り移ってしまう。しかも、絶え間なく増え続ける鬼により、人類は未来で絶滅する運命にある。
絶望的な物語で主役となるのは、空間を囲んで時間を止める能力「停時フィールド」と、入り口と出口の2点をつなぐ「ワームホール」を使って鬼退治をする組織のメンバーたち。それらをいかにして組み合わせ、危機を乗り越えていくかが主眼となる。
ネタバレを避けるため詳しくは書けないが、これだけの設定から、未来への時間旅行や、過去の「やり直し」ができる展開へと理詰めでたどり着くと言われ、どれだけの人が信じられるだろうか。単なるタイムマシンではない。論理のはしごを上っていくような作劇法のルーツは、意外にも白土三平さんの忍者マンガだったという。
オキシさんは1973年に徳島県の漁村で生まれ、読書好きの兄がいた影響で白土作品に出会った。「巻物をくわえてガマの上でドロンっていうのではなくて、あらゆる忍術には理があると。現実主義に裏付けられた忍者観を読んで、理詰めの面白さを学びました」。中学に入ると、すっかりSF少年になった。
成人後は大阪に移り住み、ゲーム業界に就職。制作会社で働き、自ら企画や脚本を担うようになるも、ストレスで体調を崩して辞めることに。だが、最後に手がけたゲームの文章をSF作家の小川一水(いっすい)さんに認められ、小説家を目指した。バイトをしながら、創元SF短編賞に第1回から応募。12年度の第3回で優秀賞に選ばれた。翌年に依頼を受けたデビュー長編が、『筺底のエルピス』となる。
物語の展開 マトリョーシカを内側から開くように
「私は小説を書いたことがほとんどなかったので、ゲーム時代と同じように企画屋として書いてるんです」とオキシさん。企画の「企」とは、くわだてて、たくらむこと。「どうやって読者をだまくらかすのか。そういうたくらみだけで、私の小説は出来ているんじゃないでしょうか」
特異なのは、「最終巻に至るまでの構成は最初から決めている」と話す、その徹底ぶりだ。物語やキャラクターの作り方は「まず最後の一番大きな箱があって、そこから逆算するかたちで小さな箱を内側にどんどん詰めていく」。
読者は最も内側の物語から読むことになり、巻をまたぐごとに箱の底が抜け、また別の底が現れるような感覚を味わう。こうした物語の構造について、自身は「マトリョーシカを内側から開いていくような感じです」と例える。芥川賞作家の円城塔さんは、5巻の帯文に「ジャンルをジャンルで上書きしていく、この物語のつくり方は見たことがない」と書いた。
全9巻での完結を目指す物語はいま、佳境へと入った。「デビュー長編には作家のすべてが詰まっているという言説もありますが、生ぬるいものは書けない。ありとあらゆる手管を注ぎ込んで、たくらんで書いていきます」(山崎聡)=朝日新聞2019年3月11日掲載