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「骨踊り」 具体的で限定的ゆえの普遍性 朝日新聞書評から

骨踊り 向井豊昭小説選 著者:向井 豊昭 出版社:幻戯書房 ジャンル:小説

価格:5292円
ISBN: 9784864881647
発売⽇: 2019/01/26
サイズ: 19cm/635p

あらゆる小説ジャンルを呑み込み笑い飛ばす強靱な文体、アイヌ文化と「ヤマト」の差別に対する苛烈な問題意識−。おそるべきゲリラ作家・向井豊昭の単著未収録の小説作品を中心に書籍…

評者:サンキュータツオ / 朝⽇新聞掲載:2019年03月23日

骨踊り 向井豊昭小説選 [著]向井豊昭

 向井豊昭という作家をご存じだろうか。いや、ご存じないのも無理はない。
 私が一九九五年に早稲田大学に入学し『早稲田文学』で学生編集委員をやることになったその年の冬、「今度の新人賞は六十過ぎの人に決まったよ」と編集部で聞いた。それが向井さんだった。物静かで、ループタイにジャケットという上品な人だったが、作品を読んでみて震撼した。方言や地域性、性(≒生)、歴史、差別、マイノリティといった問題意識が縦横無尽に現れる。宴席では「女房に食べさせてもらっています」「あと五十年、早稲田文学に小説を書きます」と堂々と言ってのけた。パンクすぎる六二歳!
 実は朝日新聞との関わりも深い。九五年末に早稲田文学新人賞受賞作の『BARABARA』、九六年に『下北半島における青年期の社会化過程に関する研究』が朝日新聞の文芸時評(評者:蓮實重彦)で紹介され、翌九七年には全編下北弁の『まむし半島のピジン語』(評者:池澤夏樹)が取り上げられた。しかし、それ以降の作品は『早稲田文学』や地方の文芸誌にゲリラ的に発表、単行本化されていない作品が多いゆえに、時系列順に追っていくことが困難かつ俯瞰しにくい作家となり、〇八年に亡くなった。だがこの度、既刊本収録作品以外の、同人時代の『鳩笛』『脱殻(カイセイエ)』『骨(こつ)踊り』(未発表作品)、新人賞受賞後の『ええじゃないか』『武蔵国豊島郡練馬城パノラマ大写真』『あゝうつくしや』(祖父三部作)、さらには資料編として向井さんが影響を受けたヌーボー・ロマンの紹介者平岡篤頼による評論なども収録した本書が刊行された。文芸評論家の岡和田晃氏、山城むつみ氏、サイト「向井豊昭アーカイブ」運営者の東條慎生氏などの鼎談では、現在向井さんを読み直す意義や作品解説も語られていて、作家の意図や作品を「線」で追えるような導線も引かれている。
 父親不在の少年時代。結核の療養で青年期に住んだ青森。三十代に入り教員時代に滞在した北海道でのアイヌの人々との関係。石川啄木と交流のあった祖父で詩人の向井夷希微。自身のルーツと生活を掘り下げ現代とリンクさせる手法で「中央」や「多数派」の価値観に頑なに抗い続けた。祖父三部作は、なぜか目の前に現れる「オジイチャン」向井夷希微とのユーモラスでありながら先の読めない展開が一気に読ませる。
 彼の作品群は意図的に周辺的であり、マイナーだ。だからこそ知られていない。だが、多様性の現代にあって「みんなが良いというもの」だけが無思考に注目されるなか、向井豊昭の作品は具体的で限定的だからこそ普遍性がある。
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むかい・とよあき(1933~2008)。小説家。96年、62歳で「BARABARA」(正式表記は一文字ずつ向きがバラバラ)で早稲田文学新人賞。著書に『怪道をゆく』『飛ぶくしゃみ 向井豊昭傑作集』など。